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コリアンダイアリー
○○韓国雑感 韓国は楽しい○○
  

 元福岡県ソウル駐在員の山下です(現在、県国際交流課在職)。韓国に住んで見ると、本当にいろいろなことがありました。楽しいこともありました。現在福岡なんですが、一韓国ファンとして皆さんに情報発信をさせていただきます。


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2004年7月31日

古墳 青空
古墳群が見えます その2
全羅南道でポピュラーな花 その2

帰国の日

 いよいよ今日は帰国の日です。子供たちは、気持ちがたかまって、泣き出す子もいました。遅くまで話し込んだせいか、寝不足の子も多いようでした。緊張したこともあり、体調を崩した人もいました。昨年もこんな感じだったのかな。そんな、泣けるというのがすごいと思ったしだいで。考えてみると自分は、さめているのかなと思ったり。ただ昔から、別れるからといって、泣いたことなかったな・・・ 

 それはそうと、心配なのは、風が結構出てきたので、海が荒れるんじゃないかということでした。ただでさえ、体調が悪い子供たちが、揺られたら、余計気分が悪いだろうと・・・ それにしてもみんなすごい荷物。そんなにもてるんだろうかと本当に心配してしまいましたよ。私が厳しいというか、自分にも高校生の娘がいることもあり、自分の荷物は、自分でと思ってしまったわけで。でも、子供たちにとって見れば、初めての海外という子もいるでしょうし、仕方ないのかな。

 港での手続きに時間がかかること。予約番号を入れて変更をしてもらっているのに、発見手続きに30分以上もかかってしままいました。それから、チケットを渡し、韓国の子供たちとひとしきり、別れのセレモニーをして出国手続きに入るわけですが、一応、発券が終わった段階でほっとした面はありましたね。釜山で、発券手続きをしているときに、カメリアと関釜フェリーは、今日から運行が中止と書いてあり、そのあと、明日のビートルも全部欠航という放送があり、いい選択だったことを改めて実感しました。本当に、ちゃんと帰ってこれてよかった。実感。みんなお疲れ様。今日は、早く休んでね。


2004年7月30日

路地に咲く花 全羅南道風景
その2 その3
その4 蓮の花

決断を・・・

 天気はとてもいいのですが、台風10号が、近づいてきているという情報。インターネットで確認をしても微妙。この青少年交流事業の日程が、8月1日までで、その日の12時のビートルで、帰国するわけですが・・・ 県庁の方からも電話があり、どのように対応するか、判断を求められたのですが、楽天主義の私としては、日程を延ばしたらどうかという考えを持っていました。理由は、なんといっても双方の学生にとって、せっかくなら最後まで・・・ という思いがあったからです。

 日本側の担当の皆さんとも話をしながら、微妙だが、早い段階で決断を出さないと、チケットは入らない。いつ帰れるかわからないという状況になってしまうということになり、いろいろ協議をし、日本側としては、一日日程を早めて帰国するという結論を出し、それを韓国側と協議をし、日程を変更し、夕食後にショッピングに行くことにし、次の日の午前中に韓国の伝統文化の研修はそのままにし、時間を早めて帰国という運びになりました。

 幸いにもビートルのチケットが、取れて、その日の夜は、子供たちも遅くまで話をし、別れを惜しんでいましたが。私たち引率者も遅くまで、研修の反省とか、しながら、酒を飲みました。韓国側からは、今回のようなこともあるので、船は辞めて欲しいという要望もありました。そのほかにもいろいろ意見が出ましたが。韓国側が提示してきた日程では、飛行機が取れないんですね。予算を考えるときにも最短で、一番安い経費を考えますから。釜山まで行くのに、その日、飛行機が飛んでいなからといって、いったん、ソウルまで行って、そこから各地域へ行くというのは、よほど急用でもない限り難しいと思うわけで、それに台風であれば、飛行機も同じような気がするのですが・・・ それをパシッといえませんでしたね。最後だからというのもあったのかもしれません。


2004年7月29日

お茶畑 その2
海水浴場 その2
緑茶と最初につくもの(建物、食べ物)が多い 味のある建物も多い

全羅南道の紹介をちょっと

 全羅南道は、朝鮮半島の西南単に位置しており、東西部を海で囲まれています。約2000の島が密集し、東北は高山地帯で、根以南に平野が広がっています。人口は、220万人です。産業構造は、伝統的に脳水産業が主要産業でありますが、最近は、鉄鋼産業と石油化学、造船業を中心に工業も成長しています。ただ、印象的には、自然がいっぱいで、農業が中心といったイメージが強いような気がします。

 新しく、茶畑を観光地として開放し、行政としてインフラの整備を図ったとのことで、ここの茶畑は、アンケートの結果、韓国人が一番行きたい観光地としてあげているとのことでした。理由の一つに、この地がとてもきれいだということで、韓国のいろいろなコマーシャルのロケ地として紹介されたことが大きいとのことでした。ここでは、お茶のアイスクリーム、お茶のとんかつといった具合に、いろいろのものにお茶を使っていました。

 もともとこの茶畑は、日本人が、作ったとのことで、海風と内陸の風が、ぶつかり、桐ができやすいという特徴があるそうで、おいしいお茶を栽培するには、とても重要なことだそうです。戦後は、韓国の方が管理しているそうですが、なかなか茶農家としては、観光地として開放するのには抵抗があるそうです。例えば、農作業の邪魔になったり、苗木をいためたりといった具合に。なかなか、思うようには行かないようです。


2004年7月28日

このビートルで出発 2時間55分後に釜山港に到着
全羅南道の歓迎の挨拶 歓迎会場のホテルの照明
ホテルからの風景 ホテルの屋上

そうそう私、団長でした

 今回の主な業務は、日本側の代表という立場の仕事になります。あまり深く考えていないというか、挨拶は、そのとき雰囲気とか、いろいろ含んだところがあるから、原稿を作ることはこれまでもなかったし、もっとも他の方のための挨拶を作るということはありましたが。今回もそんな感じで、考えていました。韓国側というか、この日は、全羅南道の代表の方が挨拶をするわけですが。

 ただ、問題は、原稿がないと、通訳が困るということです。そんな難しい話をするつもりもありませんし、できませんから、通訳の方にはそんなに負担をかけないと思っていましたし・・・ 結局、最初だから、日本語と韓国語と両方でやろうということにしました。本当は、その国を代表して挨拶をする場合、通訳を介して、母国語で話すというのが一般的なんですね。そんなことも思いましたが、何よりも直接、話をしたいという気持ちもありましたから。

 最初に韓国語で話をし、日本人の学生には、韓国語で話をしました。この日は、到着して初日ですので、26日です。ビートルで揺られること約3時間、バス移動4時間、結構、みんな疲れているようでしたが・・・ そこから遠いところであれば、2時間以上かかるとのことでした。歓迎会は、対面式でもあり、ホームステイホストファミリーと最初に出会う時で、疲れていることもあり、緊張もしている様子で、疲れたことでしょう。みんながんばって、そして、楽しんでね。


2004年7月27日

韓国銀行前 無印良品のマークが
ロッテの地下 ロッテフードコート
その2 その3

釜山なんですがソウルの話題を

 今、釜山なんですが、ソウルの話題をちょっと・・・ 実は、昨日から、ビートルに乗って日本人の高校生(福岡、佐賀、長崎、山口県)48名(各男女6名、12名)、それに引率9名の総勢、57名で釜山に到着しました。天気がよかったので、ビートルもすべるように走りました。今回、団長という立場で参加したのですが、それなりに結構大変でしたね。最初の3日間は、ホームステイでした。それぞれ、福岡は、全羅南道、佐賀は、慶尚南道、長崎は、済州道、山口は、釜山市に分かれ、27日から釜山にある研修院で合同の合宿を行いました。

 といいつつ、写真が、ソウルでの写真がまだ残っていたので、紹介しますね。1ヶ月ぶりにソウルを訪問したのですが、今回以前から、工事中だった、ロッテホテルの地下街が、きれいに改装していたことが印象的でした。フードコートに変身していました。あちこちの料理が楽しめるというものです。日本の回転寿司の店もありました。回転スピードが以前と比べると若干遅くなったような気がしました。ただ、シートが、ステンレスだったので、そんなに長居をしたくない雰囲気ではありました。また、ネタが、日本人向けではないような気もしました。もちろん、韓国の人が大半なのでしょうから、韓国の方の口に合わせるべきでしょう。

 それとは別に、館内放送で、日本語放送が結構多く放送されていたことには驚きました。それだけ近くなっているということの表れなのでしょうね。以前、朝鮮日報にも江原道には、観光名所(冬のソナタのロケーション場所)には、日本語の表示がなされ、韓国じゃないみたいだと投書が載っていました。それとこのフードコート内では、定期的に演奏され、それを聴きながら、優雅に食事ができるんですね。値段は、特別安くはないようですが、優雅な気持ちで食事ができるのは確かでしょう。耳と目と口で味わうというわけです。それだけ、景気が回復したかというとそうでもないようで・・・


2004年7月26日

しゃぶしゃぶ ロッテ百貨店
備えよ常に 防災用の砂袋 目を楽しませてくれる花
その2 お気に入りの壁画

日本人観光客が増えたような

 統計資料等でもわかるのですが、韓国を訪問する日本人観光客が増えています。ビートルも5隻体制、コビ、それにカメリアも就航していますし、飛行機もありますから、どこに行こうかと考えたときに近いそして安い韓国に行こうというのは、当然のことかもしれません。もう、遠い、外国というより、本当に近い、外国というか、なんと言うか、近いところという感覚なのかもしれません。

 以前は、男性客が多かったのですが、今では、女性客が多いというのがいいですね。エステ+ショッピング+グルメ+外国旅行、それができるのが韓国というわけですから。ただ、個人的には、あんまし、日本人が増えるとなんと言うか、本当に外国ではなくなってしまってあんまし面白くはないですね。もっと、なんと言うか、刺激が欲しいので、日本語があちこちから聞こえてくるというのには、ちょっと抵抗があります。

 欲張りといわれればそれまでですが、ただ、当然、日本語が通用するだろうなんて感じで、日本語を話されると逆に、アメリカの人と同じでよくないような気がします。当然、英語はみんな話せるだろう、だから、われわれは、英語で話しをしているんだ。それと同じように、日本人も日本語わかるでしょう、だから日本語で話しているんですよ・・・ もっとも、日本語しか離せないので、日本語で話しているというケースもあるとは思いますが、少しでもいいから、相手の国の言葉を話そうという努力は必要かなと思ったりして・・・ それじゃ、行ってきます(釜山・光州)。次回更新は、8月1日以降ですね。


2004年7月25日

カムジャタン ソウル市内風景
その2 その3
その4 その5

韓国病・日本病の勧め

 昨日の夕方、芳洲外交塾同窓会が開催されました。私も参加しました。この同窓会というのは、芳洲氏の教えである欺かず、争わずという教えを守り、日韓交流を指定校というものなんですね。その塾が、開催されて10年たつのですが、私も昨年参加したこともあり、今回、ソウル訪問と重なることもあり、参加したわけです。参加メンバーは、60名程度でした。一番遠いのが、東京ですかね。

 福岡なんて本当に近いものです。そして、今回日本側、参加メンバーの多くは、九州からでしたね。韓国からは、釜山からいらっしゃった方が一番遠いのかな。まあ、国内ではありますが。いろいろ情報交換をしました。みんな、日本人は、韓国病だし、韓国人は、日本病ですね。そんな風に実感しました。お互いないものをそれぞれ求めているような気がします。だからこそうまくいくのでしょうね。

 みんな熱いそんな感じです。次回からは、同窓会ではなく、韓国が好きな人、日本が好きな人の集まりに変えるとのことでした。それでも全国から人がたくさん集まってくるんでしょうね。そんな気がします。ここまで日韓交流が進むとは、誰も思っていなかったことでしょう。今日は、早めに帰国して、明日からの出張に備えるつもりだったのですが、一応、早く帰ってはきたのですが、国文祭の関係の集まりがあり、それに参加し、夕方は、夕方で、生活文化課関連の案件で、釜山からの来客に会ったりして、結局遅くなりました。明日から、釜山・光州に行きます。正直なところ、休みたい。


2004年7月24日

市庁前 その2
その3 近くの屋台
地下鉄風景 その2

市民には歩きやすい市庁前

 市庁前から、地下道を利用せずに直接、市庁に行けるなんて、本当に誰が想像したでしょう。ロータリーがあって、そこから写真を撮れるなんて多分誰も思ったことはないと思います。そんなことをすれば、交通渋滞を招くし、道の流れも全く変わってしまうから・・・ 今日からダイアリーを再開しています。ただし、26日から、また、韓国(釜山・光州)ですから、しばらくまた中断しますが。

 今回のソウルでも新しい感動というか、発見がありました。今度の工事によって市民広場はでき、そこでくつろぐ人も増えいいことだと思ったのと、バリアフリーとまでは行かないのですが、少なくとも車椅子の人が、簡単に、その市民広場に移動できるんですから、ソウルの場合、どうしても車中心で、人間の方が、車を避け、地下道を移動したり、高架を移動したりとなっていたのが、少なくともソウル市庁周辺に限っては、人間中心に変わったということでしょう。

 写真を見てもらうとわかるのですが、以前は、こんな写真は取れませんでした。広場がなかったし、こんな角度で撮ろうと思えば、車を全部止める必要があったわけですから。色も、一時期のオレンジ色に戻したような感がありますね。蛍光灯の色もいいのですが、韓国の場合、このオレンジ色が自然のような気がします。人に優しい色なのかもしれません。地下鉄料金も800wになっていました。10キロを越えるとプラス100wだとか・・・ 結構昔と比べて複雑になってはいましたが、交通カードがあれば、それほどたいしたことではないなと思ったのでした。


2004年7月23日

通勤時 県庁前 その2
その3 その4
東公園 その2

日韓自由貿易協定(FTA)の影響と日韓海峡経済圏の可能性に関する調査委員会

 おや、山下は、韓国に行っていて、その写真が続くと思ったら、まだ、韓国周辺の写真じゃないのと思っていらっしゃる方も多いと思いますが、実はそうなんですが、じつは、これまで撮った写真があったので、いったん切って、また、新たに押せるのもどうかと思ったので、続けと日本の写真を紹介させてもらっています。そして、今日のこのタイトルは何だと思いの皆さんに、これもまた、後で報告するとなんと言うか、間延びした話になるので、今回報告しています。

 実は、表記の委員会が、21日に開催されました。メンバーは、大学教授、会社の部長、専務理事、それに吸収経済産業局国際企画調査課の課長・・・ それと役職無しで福岡県国際交流課ということで、私もメンバーなんです。最初簡単に引き受けたんですが、今回参加してみて、かなり、無謀じゃないかと思ったわけで、その委員会は、2時間で終わり、それから懇親会に入りましたが、結構、いろいろ話が出て、委員会のときの話題もそれはそれで大事だと思ったのですが、酒を飲みながらの意見というのも結構興味深いものがありました。

 ただ、誰がそれを記録するのかという問題はありますが・・・ まあ、いろんな意味でいろいろ韓国関連の依頼事項があります。韓国の事情説明から、日本と韓国のマッチング、今回のような委員会の委員といった具合に。そして、これからも多分増えていくことでしょう。なんといっても今は、韓流の時代ですから。逆に、もっと勉強をしなければならないとも感じています。韓国での生活経験もあり、仕事もしている。でも、何も知らないというのであれば、立場がないというか・・・ 県としてもその存在が疑われるのですからね。


2004年7月22日

通勤時の東公園 その2
その3 その4
その5 その6

夏ですね

 自宅からJR筑前新宮駅、JR吉塚駅から県庁まで、歩くのですが、その間、このところ夏を実感しています。夏だから当たり前だといわれるとそれまでですが。暑いということもあるのですが、空の色が違いますね。雲の色、形が違いますね。夏ですよと語りかけているようなそんな感じです。元々、汗かきなくせに夏が好きな私としては、この時期、とても好きです。生きていますという自分の存在感があって。

 もっとも、夜は寝苦しいとか、あせもみたいな者はできるし、蚊にはさされるしといIことばかりではありませんが。扇風機をかけてなることはあってもエアコンは使いませんから。どちらかというとずいぶん前の生活のような気がしますが、慣れというのは恐ろしいもので、それはそれで気になりません。仕事終わりのビールがおいしいですね。昨日も仕事を終え、JRに乗る前に、缶ビール(発泡酒)を飲んで帰りました。

 夏といえば、県庁では、今年から(7月21日)、ノーネクタイ運動に取り組み始めました。当然上着も室務中は着ません。それで、冷房を抑えようというものです。もっとも私の場合、上着は、職場においたままにしていますが。ノーネクタイというのはありがたいものです。来客がある場合や、外部との会議の場合は、ネクタイが必要ですが・・・ 既に、佐賀県は、取り組みをしており、外部との会議の際もノーネクタイで、その趣旨も説明していました。さすがといったところ。それはそうと、結局今日から、韓国(ソウル)に行くことになりました。しばらく更新が遅れます。


2004年7月21日

シーホークのオブジェ、テーマは、アフリカ その2
福岡ドーム 博多駅で見つけた不思議なエレベーター
階段の片道(向かって右)をつぶしている・・・  駅風景

書き込みはうれしいもの

 2001年度から、インパクトという県のhpが立ち上がっていました。最近まで、アップデートはできないけど見ることだけはできていたんですが、ここ数ヶ月前から、いよいよ見ることもできなくなったので、リンク先からはずしました。元々このインパクトに駐在員の日記を載せるからと言われ、そのhpに書き込みを始めたのでした。ところが、これは、一方通行で、自分が書いた記事に対して、感想なんてないし、自分がただ、情報を出すだけといったものでした。

 それなら、同じ内容のhpを作って、そこに掲示板を載せれば、そんなに多くはなくても意見を書いてくれる日といるんじゃないかと思って、それで、自分のhpを立ち上げたという経緯があります。そんなに多くはないのですが、それでも掲示板に書き込みをしてくださる方がいて感謝です。私のように韓国好きな人が多いことを実感することもあれば、こないだ、会った、釜山の大学生が、hpとは関係なく、話しかけてくれるというのもうれしいですね。やはり、一方通行じゃ、面白くないということでしょうか。人間関係ってそういう面ってありますよね。仕事も自己満足の仕事ではなく、やはり、他の人から(上司に限らず、幅広く)評価されるとうれしいものですしね。

 写真は、先日、シーホークホテルでの写真と、博多駅での写真なんですが、博多駅の写真は、ちょっと日本的ではないと思ってしまいました。道路工事をするにしても仮の道路を作るのに力を入れるようなお国柄なのに・・・ ホームへのエレベーターをせっかく作ったのに、エレベーターが、片側の階段を完全にふさいでしまい、片側の階段は使えないんですね。何も知らずに、うっかり使えない階段を使うとエレベーターの前に来た段階で気がつき、また、上に上り、使える階段に乗り換えるという風になるんですね。ちょっと笑ってしまいましたが、私が、間違わずに、最初から、使える側の階段を使っていたというのもあるのかもしれません。間違えていたら、何で、そんな、標識ぐらい出せよ・・・ となっていたのかもしれません。まあ、人間勝手ですからね。


2004年7月20日

佐賀駅前 その2
中小企業中央会のある建物 オブジェが目を引きました
その2 その3

もうすぐ夏休み

 私たちもそうでした。この時期は、子供たちにとって夏休みが一番楽しみなんですね。明日から、いよいよ夏休みなんですね。私も夏休みのあったその頃が懐かしいですね。小学校上級の頃は、昆虫採集をしてました。蜂ばかり採集してました。よくさされていましたね。今は、都会にいるということもあるのかもしれませんが、そのころ目にした蜂をほとんど目にすることはなくなりました。残念なことです。中学の頃は、採集を卒業して、ミツバチの観察をしていました。自然と一緒にといった生活ですね。パソコンも電子ゲームもありませんでしたから。水泳も場所によっては、川で泳いでいましたし。小学校4回、中学校2回、高校1回の転校暦を持っているんですが、夏休みに転校して、学校に行く前に友達ができていたなんてこともありましたね。

 ただ、時代が変わっても子供たちにとって夏休みは特別な存在で、嬉しそうです。私たちにも夏休み制度があるのですが、特に今の仕事は夏休みはとりにくい状況です。ただでさえ、来客が多い上に、日韓の青少年交流事業が、7月末から、8月の初めにありますし、日韓住民イベントが、8月の末にありますので、その準備等および、実際に出張に行かなければなりませんので、7月8月にまとめて休みを取るというのができないという状況です。

 だんだん、休みが取れなくなっている自分に気がつくと同時に、このままの生活なのかと思うと不安な面がありますね。そして、休み無しで、自宅でもパソコンに向かうという生活・・・ どうしたらいいものでしょう。多分私のように考えている人って結構多いような気がします。先のことはどうなるかわからないが、今の仕事やめたいと考えている人いますし、実際、辞めて、再就職をした人もいますしね。不景気だとはいいながら、本人のやる気しだいで、道は開けているような気がします。いろんな意味で社会生活も含んだところで・・・


2004年7月19日

数日前に終わった山笠 韓流特別展も終わりましたね
その2 その3
司会の中村さんは、大学時代から知っている テープカット

載せたい写真が多いものですから

 本当は、この写真、期間中に出すべきなんですが、いろいろ、写真も多くて、やっと今の時期になって紹介しているという状況なんですね。それにしても、韓流はすごいと実感しています。韓国観光公社の支社長が、栄転で、東京支社に転勤なんです。韓流の情報発信は、なんと言っても福岡事務所ですからね。それにその火付け役の冬のソナタのロケ現場である、江原道事務所は、福岡支社の中にあるのですから。

 江原道への観光客が急増したとのことですが、江原道事務所の影響というのも大きいと思います。チャーター便を飛ばしたり、そこでの観光商品を売り込んだりと、日々活動をしていますからね。写真を見ながら思うのは、時間がたつのは本当に早いものだということです。つい、最近だからなんて思っていた写真も10日以上も前の写真であったりといった具合に・・・ しなくてはいけないことは、ちゃんとしておかないといけないななんて感じたりしています。

 先週末、冬のソナタを見たのですが、一度見たことがあり、ストーリーもわかったいることもあり、韓国語のオリジナルで聞いてみました。やはり、吹き替えとは違って、伝わるものがありますね。韓国語だとこんなにきれいに聞けるんだと思ったり。自然に耳に入ってくるというか、意識しなくていいというのがいいですね。そうなんですね。私は、聞いている音楽も韓国語ですし、韓国語の波を楽しんでいるという感じの日々ですね。


2004年7月18日

東公園の風景 その2
その3 ちんぐの会例会
なぜか釜山の女子大生と合流 その2

ちんぐの会 7月例会

 6月から第3金曜日に定期的に開催するようにしました。今回は、6人とちょっと少なかったけどいろいろ話ができて楽しかったですね。韓国から、わざわざ夏休みだということで、永同大学校の日本語科の先生(4番目の写真の一番奥の女性)においでいただきました。10月には、釜山映画祭もあり、そのことで話が盛り上がりましたね。それでは、2次会にコーヒーをということになり、みんなで移動していると、すれ違った3人組が韓国の人だということで、韓国語で話しているうちに一緒にコーヒーを飲もうということになり、一緒に同席してもらいました。最終的には、3次会まで行きましたが。

 釜山の大学生でリュックサック旅行で、今日、福岡についたそうで、明日は、長崎のハウステンボスに行くとのことでした。近くに民泊をさせてくれるところがあるそうで、そこに泊まるといっていました。一泊2000円といってましたから、リュックサック旅行する人にとっては、ちょうどいい価格でしょう。それにオーナーは、韓国人だということでしたから、言葉も問題ないし、駅からも近いしといった具合に・・・ ちんぐの会のメンバーは、あまり韓国語しゃべれないので、私通訳していたんですが、自己紹介する時に私が初めて日本人だとわかったというのを聞いてちょっとうれしかったけど・・・

 ようは、ナンパしているようなもんで、われながら、笑ってしまいましたね。多分、韓国の人であれば、自分が話(通訳)をしなければいけないという強迫観念があって、他の日本人の方から、一緒にコーヒー飲みたいなといわれれば、そのまま通訳しているんですね。なんと言うかそれは、反射的というか、考える前にやっているんですね。自分からは、そんなに誘ったりはしないけど・・・ 以前も同じようなことがありました。なんかそのときのことを思い出したりしてしまって。こんなのをサガというのでしょうね。


2004年7月17日

セミナー風景 副知事挨拶
日系の留学生の歓迎会 自動で注げる生ビール
その2 明るい皆さん

日韓親善協会定期総会

 日韓親善協会の定期総会が開催されました。私たちは、セミナーから参加しました。木浦にある共生園の2代目の尹基さんの話から始まりました。母親は、日本人でありながら、韓国の孤児のために奮闘され、最後に出た言葉は、日本語で、梅干を食べたいと・・・ 韓国での生活も長かったけど結局、一番楽な言葉は、日本語であり、日本の食べ物であったということを実感したという話でした。日韓交流を実践された方で、頭が下がります。

 これからは、在日の方が、アリランが歌え、韓国語が話せるそんな施設が必要だという話でした。確かにそんな施設は必要だろうと思いました。対照的だと思ったのが、朝鮮総連の皆さんの動きというか、活動というか・・・ 役員がみんな若いんですね。次世代のために何ができるかというのが、発想の基本にあるということです。若者に何をしなければならないか。という、問いかけなんですね。それが、学校であったり、セミナーであったりと。

 対照的だなと感じたわけです。写真は、セミナー講師写真。懇親会で挨拶をする副知事。昨日、お話をした、日系の皆さんとの交流会の写真です。今回はじめてみたというか、時代が進んだというか、自動で、生ビールをついでくれる機械なんですね。ボタン一つで、一定量のビールと泡の入ったビールが飲めるのですから・・・ 技術というか、アイディアというか、さすがですね。ビール好きは、みんな思っていたと思いますね。こんな機械があればいいと。


2004年7月16日

入り口 周りにはジャングルを意識して
熱帯の木が植えられています これで温室の役割を
その2 オブジェ

日系の皆さんとの交流会

 日系の皆さん14人との交流会が開催されました。私も参加しました。私の横には、ボリビアからみえた短大に通う女性でした。ボリビアなんて名前しか聞いたこともなく、どんな国か全く知らなかったこともあり、いろいろ話をしました。日本は海に囲まれているので、蒸し暑いのではないかとか文化の違い、社会の違いをいろいろ話してもらいました。彼女は、日系の人が集まる地域に生活をしているので、日常生活や、学校での授業は、皆日本語とのこと。

 そうでしょう、日本語に関しては覚えたというのではなく、そこらへんにいる日本人の会話ですもんね。ただ、他の仲間と話すときは、スペイン語を話していました。バイリンガルですね。それだけ、日本語がうまければ、日本で生活したらどう? と誰かが尋ねると、はっきりと、日本は、自分にはあっていない、いずれ、大学を卒業したら、ボリビアに帰国するつもりだというんですね。ボリビアの人間関係は、上下の関係もなく、陽気で楽しいのだそうです。

 そうですね。日本は、その辺厳しいし、あんまし陽気でもないし、私も、日本より韓国が合うと思うところに通じるようです。ただ、私の場合、生活基盤が日本である以上、簡単に韓国で生活というわけにはいきませんが。どんどん世界各国へ留学をしたり、交流をするとこんな感じになるのでしょう。日本だけで生活をしようとすると、器が小さいように感じる人って結構いるようです。将来的には、国籍とか関係なく、住みたい国に住んで、そこで楽しむというのが一番なんでしょうね。そして、私の場合、そんな国があるというのは幸せです。


2004年7月15日

控え室のオブジェ プールもあります
その2  控え室
その2 その3

こんな暮らしも悪くないでしょうね

 ここは、会員制のクラブなので、私には縁がないのですが、視察に来た日にも数名の方がここのプールを利用していました。働き蜂のように一生働き続けるのではなく、まとまったお金を稼いだら、後は、仕事を引退し、ゆっくりプールで泳いだり、海外旅行に出たり、趣味生活をするというのが結構楽しそうだと思うわけです。いいなとか、うらやましいなと思いながらも結局今の仕事を続けているわけで。

 今の仕事を続けている限り、こんな会員制クラブには入れないでしょうし、それなら仕方ないとあきらめている部分というのは結構あるのかなと思うわけです。あきらめるから、現実にそういった生活が遠のくわけで、その悪循環のような気がします。それならそれで、自分で考えて解決に向けて一歩踏み出さなければならないと・・・ 今年の3月末で、県を退職した人がいるんですが、自分の生きる道をアメリカに求め、求職活動を続け、昨日、仕事が決まったとメールをもらったのでした。

 彼女は、現実に、アクションを起こし、自分のしたい道を開いているわけです。きっとそんなに楽な道ではないでしょうが、それでもあえてその道を選んで自分なりの生き方を模索している彼女にエールを送りたいですね。今の自分には、自分を磨くことが一番手っ取り早いのかな。韓国語、話せます。韓国人脈あります・・・ それに何かプラスアルファがないとですね。酒飲めますぐらいではちょっとね。


2004年7月14日

室内天井のステンドグラス 象 その2 鳥
その3 鳥 レセプション会場
入り口 控え室

副知事への説明

 これまで担当者という立場だったので、直接、副知事に説明をするということはほとんどありませんでした。もっとも知事とは、話す機会が結構あったのですが。それなりになんと言うか、責任を感じているところです。話す以上は、内容を把握しておかなくてはいけないし、想定問題というか、どんなことを聞かれるかなというのを一応考えておくようにはしています。まあ、チョとした刺激ではあります。

 今回は、日韓親善協会での副知事挨拶のための説明に行ったのですが、やはり、そこを聞かれたかと思う点も結構あるし、いろいろですね。情報の整理が悪いということも実感しているのですが、これからは、もう少し考えていかなくてはいけないと思ったところです。知事もそうですし、副知事も大変な業務だと思います。細かなところでは、挨拶から、大きなところでは、今後の福岡県をどうするかという問題まで、多忙な中で考えていかなければならないからですね。

 やはり、優秀な秘書なり、片腕になるような人材が必要だなと感じるわけですね。横並びとかバランスとか言う話をしていては、なかなか物事前には進みませんから。ただ、そんな人物は、外側からつぶされてしまうなんてこともありそうですし、現実問題としてはなかなか難しそうですが。7月ももう折り返し、青少年交流事業も迫ってきているし、気持ちばかり、空回りしています。まあ、なるようにしかならないのでしょうが。


2004年7月13日

福岡ドーム その2
その3 その4
その5 その6

国文祭の下見

 110日後に開催される国民文化祭の前夜祭の下見に行ってきました。シーホークホテルの5階の会員制の部屋なんですが、とても落ち着いた部屋で、これまで何度となくここへはやってきたんですが、この部屋へ行くのは初めての事でした。こんなすごい部屋があるのかと感心するしだいです。写真はおって紹介しますが、アフリカをイメージしたということで、私としては、テレビの世界であり、自分の日常とはかけ離れた世界であり、興味津々でありました。

 外には、大型の陸ガメもいるし、福岡とは違う雰囲気をかもし出していました。こうして下見などをすると本当にそのイベントが、目前に迫ったんだなあなんて勝手に思ったりしたりと・・・ まあ、こんな風に追い込まれないとなかなか仕事をしないということなんでしょうね。きっと。そう思います。時間があるとか、余裕があるとなかなか踏み込まないというか、追い込まれてどうしようもなくなるとせざるを得なくなり仕事をしているというところはあるような気がしますね。

 本当は、体調も悪いし、特段大きな約束もないし、今日は、正直なところ仕事休みたいと思ったわけですが、仕事に行くんですね。笑ってしまいますよ。自分に対して。そんなにまじめにしなくても仕事は回っていくのに。風邪の具合はだいぶいいんですが、相変わらず、せきが出て、結構つらいです。26日からは、高校生の子供たちをつれて、韓国ですから、それまでには直さなければならないのですが。なかなかですね。


2004年7月12日

新緑のまぶしい県庁前 東公園の池
東公園通勤路 シーホークからの眺め
その2 その3

日韓青少年交流事業事前説明会の開催

 先週の土曜日、青少年交流事業の事前説明会を開催しました。本人が1人これなくて、代理として、父兄の方が参加されました。父兄同伴とは伝えていなかったのです。女子高生は、全員、父兄同伴でした。男子高生は、1人父兄同伴でした。そろぞれ自己紹介をしてもらったのですが、なんと言うか、書類とは別の意味で、伝わってくるものがありました。今の段階で、韓国で仕事をしたいと思っている子もいれば、外国に行くことによって、より日本が見えてくるそれを見たいと・・・ いろいろな意見があって、楽しかったですね。

 不思議なもので、自然とリーダー的存在が決まってくるんですね。今回みんな初めて顔を合わせたのでしょうが、それぞれ集まって、短時間ではありましたが、いろいろ声を掛け合っているんですね。さすがですね。自分から希望して参加するだけのことはあるなと感心しました。今回の研修は、日韓との交流が一番の目標なんですが、こうして、日本側というか、福岡川の学生同士でまとまるといったチームとして活動できるかということも一つの課題ではあります。

 多くの人が海外初めてだという事でやや、緊張気味のようでしたが、26日からは、きっとリラックスしてこの交流事業を楽しむことができることでしょう。若いうちにいろいろ経験をつむというのは、これから必要なんでしょうね。子供たちの中から、私たちが日韓友好を築かなければならないという話をしていたのをふと思いました。過去の人でもなく、今の大人でもなく、私たちがと言う言葉に日韓の明るい将来を感じました。


2004年7月11日

駅に設けられた喫煙コーナー 東公園の緑
県庁でインタビューを受けるロボット その2
県庁前 東公園

タバコ好きは肩身が狭い

 今ほど、タバコ好きの皆さんが大変な時代は無かったような気がします。まあ、日本だけではなく世界的な動きでもありますが。駅に、登場した喫煙コーナーは、ホームの外れに灰皿を用意するというもので、ベンチもありませんから。列車の中派も理論、飛行機内でも全機禁煙というのが一般的ですから。仁川国際空港について最初にすることは、タバコを吸うという・・・ 気の毒ですが、笑ってしまいます。

 歩道等を吸いながら、歩くことも禁止されているし、本当にごく限られた場所だけなんですね。吸えるのは。県庁も以前は、執務室で吸ってもよかったのですが、禁煙時間が設けられるようになると、今回帰国してきてからは、地下自動販売機コーナーの一角に喫煙室が、設けられるようになりました。それも7月1日からは、1階に移動してしまいました。きっと、自動販売機を利用する方からの苦情があったんでしょうね。ただ、1楷に移動してきてよかったような気がします。少なくともタバコを吸う人だけの集まりですから、タバコのにおいで不満を言う人はいないでしょうから。ただ、一日、一人当たり、5分までなんて制限が出たりするのかもしれません。

 日本より、喫煙率の高い韓国も日本と同じような動きをしています。どちらかというと日本より数年先を行っている印象すらあります。ビル全面禁止といったところ結構ありますし。女性の禁煙者も以前に比べると目を引きます。ただ、女性に限って言えば、韓国より、日本のほうが多いような感じです。酒なら、昼間からどこで飲もうと規制されないのですが、タバコとなると他の人に迷惑がかかるという見地からか、禁止されているんでしょうね。


2004年7月10日

仁川国際空港内 その2
その3 その4
ビジネスシート ロッテウインザーのオブジェ

韓国好きの人との出会い

 昨日は、知事交流会議の福祉部門での交流事業打ち合わせのために佐賀県へ出かけました。いい感じでゆれて、しばしゆっくり寝てしまいましたが、気持ちはよかったですね。もう少し時間があるともっとよかったのにと勝手なことを考えたりもしましたが・・・ 相変わらずせきがひどく、せきをするたびに体力が減っていくようなそんな感じです。これから業務が忙しくなることもあり、早速、薬局で薬を買ってきました。

 福祉の会議といいながら、内容は余りありませんでした。専門の分野の方も参加していたのですが、意見を求められても答えられないような感じでしたから。個人的には、福祉の交流事業は必要だと思っています。若年層を対象とし、交流がしにくい分野、今後とも何らかの形で、持続的に交流が続く分野がいいのではないかと考える次第です。スポーツ交流となるのでしょうが、実際、車椅子バスケットは、日本も韓国もそこそこ活動が続いていますし、世界大会まであるので、視覚障害者のゴルフとか、マラソン、聴覚障害者の交流がいいと思っています。健康な人と一緒に参加できるというか、ノーマライゼーションを強調する方もいましたが、そうなると住民親善イベントとの区別ができなくなってしまうし。

 それはそうと、会議はなんとなく終わり、また、福岡へと戻りました。夕方からは、韓国好きの人の集まりがあるというので、それに参加しました。体調もあまり良くないし、次の日も仕事なので・・・ そんなことは考えず、そんな韓国好きな人の集まりならきっと楽しいだろうと思って。福岡の子供たちと、釜山の子供たちとの交流を担当している学校の先生、教室から世界をのぞこうを担当した、韓国留学生・・・ 話はつきませんでした。また、次回、会うこともあるでしょう。

 今日は、これから、日韓海峡青少年交流事業の説明会です。行かなくてはいけないと思うと逆に行きたくなくなったりと、困ったものです。でも、行きますが。


2004年7月9日

仁川国際空港内のレストランからの風景 キアの車は格好いいと思う
キアのピコ 日本では、今一といったところ 免税店が並びます
このあたりから飛行機に乗ります 本当に距離があります

よく今週持ちました・・・

 先週末の嘔吐下痢症から不安のまま、月曜を迎え、いきなりスタートダッシュで、毎日遅くまで仕事をし、里親奨学金の関係で、副知事に、事前説明をし、今日は、まだ金曜日で、明日まであるのですが、今日は、これから、佐賀市へ出張。その前に、来客があるとのことで、大気もかかっているという状況。やっと、腹の調子がいいかと思ったら、今度は、せきが止まらない。本当に困ったものだと思いながら、ごまかし、ごまかし、今日まで持ったものだと思っているわけです。

 ところが、そう甘くなく、土曜日は土曜日で、7月26日から8月1日までに開催される日韓海峡沿岸青少年交流事業の事前説明会を開催するんですね。いよいよこの事業も迫ってきました。そんな気がします。始まってしまえすればそれでもう半分は終わることになりますから、早く始まってほしいという気持ちがある反面、もっと先ならいいのにという、複雑な心境です。ただ、幹事県も今年度で終わりですから、ちょっとほっとしている面もありますね。

 里親制度についてお知らせします。1人の留学生を1年間奨学金を渡すというもの。お金は、企業から集め、その特定の留学生の手元に行きます。里親と留学生は機会があるたびに交流をすることができます。1人の留学生が受け取る奨学金は、一月2万円、1年間で、24万円になります。留学生たちは、帰国してもそんなつながりがあるから、ことあるたびに福岡のことを考えてくれることでしょう。現在、里親、29人、奨学生41人です。もっと多くの人に協力してもらって、もっと多くの留学生が奨学生になれるといいと思っています。


2004年7月8日

仁川国際空港内 その2
その3 その4
その5 その6

なんとなくうれしかったりして・・・

 思いもよらなかった人からの便りとか、しばらくあっていなかった人と偶然、近所で会ったりとか・・・ そんなのはとてもうれしいものですが、今回もそんな感じです。時々、それを感じるのですが、今回もそれを感じました。久しぶりの間隔です。人生長いから、結構あるのかもしれません。でも、心躍ることですから、多ければ多い方がいいような気はします。今の時代は、韓流の時代、正に、韓国担当をさせていただいているものとしては、うれしい限りです。正に私の時代なのですから。

 私の時代だからといっても何もあるわけはないのですが、もちろん業務は増えて大変だというのも事実ですが、自分=韓国と見てくれる人って結構多いもので、県庁内はもとより、外部からも来客万来で・・・ やめてくれといいたくなるほどですから。実際言いはしませんが。嫌いな人だったら、やはり耐えられないと思いますね。仕事中は、電話と来客、仕事は、ざんぎょうするか、自宅でするかという状況ですから。でも、極力、職場ではしません。というか、韓国関連の飲み会、多いから・・・

 昔の上司が、それを評価してくれていたのがうれしい限りではあります。ただ、自宅で、そんなに簡単によいがさめるわけはないし、いったん寝て、それからが勝負。そんな泥縄の生活を繰り返して、何十年でしょう。おかしなもので、体が慣れてきます。一日、3時間から長くても5時間で、睡眠はたるようになるのですから。正に、駐在員生活のいいか、悪いかわかりませんが、習慣ですね。よく、こんな生活に順応するものだと自分でも不思議な気がします。

 ただ、ちょっと、なんとなくうれしくて、そんなことができるというのも事実ではあります・・・ その満足感のために、身をすり減らしているのかな。といいつつ、しばらく食べてないのにやせてない・・・ 早々、昨日は、七夕だというのに、何もしてないよね。オヤジとしても余裕が無いということなのかな。でも・・・ と思うのは自分でも思いますね。


2004年7月7日

仁川国際空港内の店 この屋根は開放的です
利用客でにぎわっています 空港その4
その5 その6

ここまで来ると韓国の写真も終わるかな?

 ここ仁川国際空港から、飛行機に乗り、福岡に帰国するわけですが、ここまで来るともう韓国の写真は終わり、日本の写真に変わるはずなのですが、実は、後、3日分残っています。で、中途から見ている人は、この人は、いったいどこにいるんだろうなんて、錯覚をするわけですね。先日も、「山下さん、今、ソウルですか」なんて質問を受けたけど実は、福岡なんですね。紛らわしくて申し訳ありません。

 逆に韓国にいる時は、韓国の写真ばかり載せる予定ですので、御期待・・・ 何を? と言われてしまいそうですが、それはそうとして・・・ やはり、なんといっても「元ソウル駐在員のページ」ですから、韓国重視となるわけでそれは仕方ありませんね。体調もだいぶよくなりました。そろそろ、酒を始めましょうか。やはり、酒が無いとですね。さびしいと思うというのは、それだけ体調が戻ったという証。こないだもそんな話をしたような。

 ここ、数日ちょっと忙しくて、少し、遅くまで仕事をしました。実は、昨日を最後に県庁を辞め、アメリカに戻ってしまう交流員がいるのですが、彼が、先日の送別会の席で言ったのを思い出しました。仕事の虫というか、だらだらとではなく、生活を楽しむべきだということ、そして、しかたない、という言葉を「なぜ」「どうして」という風に考えるべきだということです。要するにポジティブに生きろと言うことでしょう。

 彼は、今、20代後半、40才には、成功を収め、仕事を辞め、趣味の生活(社会生活)を始めるとのこと。その時、その時を力いっぱい生き、休むとき、遊ぶときは、一生懸命遊ぶというもの。すごいですね。まさにアメリカンドリームかな。民族の違いもあると思うし、われわれが公務員だというのもあるのかもしれません。みんなは、多分、それは、定年してからねと考えていることでしょう。それと、みんな理由があるんです。家族があるからとか、家のローンがあるから。不景気だから・・・ でもそれは、言い訳かもしれません。私もできれば、窓を乗り越して、どこか別の世界に行きたいというロマンは、いつもあるのですから、他の方も同様ではないでしょうか。ちょっとした勇気が無いだけなのかもしれません。夢を夢として考えず、現実として捕らえること、それは、今の韓国にも通じるようなそんな気がします。


2004年7月6日

看板には、キワチップ(瓦家)とあります パパイスは、韓国のバーガー屋
建設工事が進みます その2
時々足を運ぶガーデンホテル(旧名) いきなり福岡県庁ロビーでの写真 

県庁へロボットがやってきました

 県庁へロボットがやってきました。北九州の某ロボットメーカーのものです。1台リースするのに1日20万円とのことでした。話をし、誘導したり、握手をしたりすることができるんですが、こんなロボットが県庁を案内してくれるのなら、夢があって、他の県に先駆けて実施するといいのかなと思ったりして。ただ、今、現実に県庁では、窓口業務をしている職員がいますから、その人たちにとって、職場が減るわけで・・・

 ただ、ロボットは、歩くスピードも結構速いし、重たいから、ぶつかったりして怪我なんてことを考えると、ちょっと怖いような気もしますが、実際、導入している電気屋もあるので、その辺のこともクリアーしているんでしょう。ちなみに夜は、警備員として働くそうですから、それこそ24時間働けるんですね。そのうち私たちの仕事の多くは、このようなロボットに取って代わられるのでしょう。そうそう、ロボットではなく、パソコンによって業務もまた大きく変わろうとしていますし、また、これまでも変わってきましたが。

 そのうち、背格好も見かけも人間と区別がつかないような鉄腕アトムのような時代が到来するのでしょうね。科学の進歩は目を見張るものがありますが、ロボット関連は、もちろん産業用ロボットを代表されるように実用性を求めるものとアイボのように愛玩動物のように人間の生活の一部になっているものもあったりと・・・ 今後、楽しみではあります。勝手に話が飛躍しますが、日韓関係の今後も楽しみであります。どんな風に変わっているのでしょうね。とりあえず、5年後、10年後を楽しみに。

 今日の落ちというわけではないのですが、職場の同僚とか、同じ韓国好きの仲間から、私の生死をというと大げさなのですが、健康状況をHPで確認をしたというんですね。思わず笑ってしまいました。そんな状況でもHPを更新するんですねと・・・私にとっては、駐在員魂なんです。 県の代表として一人でやってきているから、やるときゃやるよといった具合に・・・ でも、正直、人間ですから、限度はありますよ。今回はたまたまということで・・・ 命あってのことですからね。


2004年7月5日

若者の待ち合わせ場所 明洞ミリオーレ前 ホープの照明
ジェトロ近くの朝興銀行 ・・・国内最高・・・AAA 地下通路
その2 ロッテの滝

健康の大事さを実感したような

 相変わらず、体調はよくないのですが、多分このまま入院ということはないでしょう。もし入院するとすれば、初めての経験です。食欲は無いけれど、熱も無いので、仕事をする分には、問題はないでしょう。正直なところ、今月は、忙しいので、休むわけにはいかないという状況なんです。青少年交流事業は、海外出張ですから、急に変更というわけにもいきませんし、その前にソウルでのイベントには行かないにしてもこの青少年交流事業は、他の人に迷惑がかかるから・・・

 そんなことを言てっていたら、いつまでたっても休めないのでしょうが、少なくとも休まなくてすむのであれば、休まないようにとは思っております。酒を飲みたいと思わないというのがひとつのバロメーターのようで、今回は、飲みたいという気がまったく無いんですね。おかしなものです。普段あんなに飲んでいるのに、体調がちょっと悪いくらいでも、酒飲んだ方が調子いいなんて方向になって、酒飲んでましたから。そういう意味では、相当悪いということが言えるかもしれません。

 個人差もあると思うのですが、私は、レモンの入ったものを飲みたいと思います。健康なら、レモンチュウハイとなるのでしょうが、今回は、飲料水になります。健康の大事さを少しは実感してよかったのかもしれません。こういうときでないとなかなか考えませんから。当然、青少年事業で出張し、その前もソウルに出張に行くと自分では、勝手に思い込んでいましたから。酒が飲めなくなるということも思いましたが、韓国に行けなくなるというのも自分には堪えるなと思ったしだいです。


2004年7月4日

プレジデントホテルで待ち合わせ 近くの済州道の焼肉屋
その2 生ビールの店
その2 明洞風景

韓流展示会好調にスタート

 カメリアの新型船がいよいよ登場、昼からは、この韓流展示会のオープニングと先週は、いろいろ韓国のイベントが多かった週でした。熊本では、一日に1000人を越える人がこの展示会に参加したとのことでしたが、福岡はどんな感じになるのでしょうか。韓国観光公舎もうれしい悲鳴といったところでしょう。テープカットは、駐福岡大韓民国総領事、生活労働部理事、福岡市の局長、民団、それに韓国観光公舎から支社長が参加しました。

 テープカット後、会場視察を行いますが、来賓の方も熱心に質問をし、会場は、盛り上がりました。ただ、当方は、体調が悪いので、早く帰りたいという気持ちだけでしたが、当部の理事も喜んでいただき、担当としては、うれしい限りでした。写真は、そのうちアップいたします。写真は、武橋洞近くの風景です。福岡の旅行社の方とこの近くで2時に会う約束をしていたので、この場所になったわけです。

 県内で旅行社をしているその方は、土日にあわせて、韓国を訪問し、ソウルの企業と打ち合わせをするわけです。結構ハードですね。明日は、明日で、早い飛行機で福岡に帰らなければならないといっていたので、本当にとんぼ返りといったところ。ただ、韓国では、それができるんですね。近くなりましたよ。ただ、私は、疲れるので、あまりそんなまねはしたくはありませんが。

 昨晩は、いよいよ症状が治らないので、病院へ行ってきました。風邪から来る食中毒のようなものだそうです。筋肉痛は、熱が高かったためのようで、少し楽だと思って病院について検温をしたら、40.1度でした。きついと思っていたときは、きっと42度ぐらいあったのかもしれません。病院では、月曜まで、熱が下がらないようなら入院してもらうといわれるし・・・ 暇なときならいざ知らず・・・ その抗生物質を飲んでずいぶん楽になりました。さすが、症状にあった薬は利くんだと思いました。


2004年7月3日

踊る風船人形 モデルハウス
屋外で楽しむ皆さん その2
市庁周辺 その2

月刊誌に登場

 韓国情報誌の取材を受け、登場しました。アップの写真は、どうも苦手ですね。アップに耐えられない・・・ もう少し減量しなければと思ったしだいです。まあ、無理な話でしょうが。韓国が好きだという内容の話をしているだけなのですが、それで、記事にしていただけるというのは、うれしい限りではあります。確かに、HPを作っているとか、韓国関連の仕事について長いというのはあるかもしれませんが・・・

 そんな人って、行政では少ないかもしれないけど民間では結構多いような気がします。それだけ、韓国が好きなら、自分で、事業をしているでしょうし、何処にいくかわからない行政職にはいないというか、残れないというのが本音のところかもしれません。好きなことをしたい・・・ それを行政でかなえようとするのは、結構至難の業なんですね。それで、県を辞めたいと思う人も結構増えているようなそんな気がします。

 私も好きな韓国の仕事を10年以上させてもらっていますが、急に、まったく違う職場に行ったら、考えてしまうかもしれません。ただ、仕事をやめるかどうかは、別の問題ではありますが、私の場合、辞めないでしょうね。やはり、子供優先というか、家族優先というか、ある年齢までは、責任あるから、それまでは、何があっても今の仕事続けていることでしょうね。もしできるなら、やりたいことはいろいろあって、それを実現させたいなと思うのです。

 昨晩からダウンです。正確には、昼過ぎから体調が悪くなって、朝のうちは、なんとも無かったなのですが、方が痛いとか、熱っぽい、節々が痛い、おなかの調子も悪いといった具合で韓流の展示会がオープニングが終わって帰宅しましたが、足はふらふら、夕方、6時から、今日の朝10時過ぎまで寝てました。当然といえば当然ですが、アルコールをはじめ何も食べていないんですが、お腹がはります。皆さんも健康には注意してくださいね。


2004年7月2日

ふぐのひれ ふぐちり
一緒に食事をしたチェさん 行きつけのホープ
その2 その3

送別会

 県の国際交流課で仕事をしているアメリカから来たマークさんが帰国をするということで、送別会がありました。私は今後、アメリカに行くかどうかわかりませんが、あんまし、悲しいという気持ちにはなりませんでした。というか、これまでもたくさんの別れがあったのですが、そんなに深刻というか、深くいろいろ思うことはありませんでした。そこには、多分、縁があれば、また会えるから、今、そんなに思う必要はないという基本的な概念があったのかもしれません。

 私の場合、幼稚園1回、小学校4回、中学校2回、高校1回変わってますから、出会いと別れを結構繰り返してきました。だからこそ思うのかもしれません。会う人というか、縁がある人は、不思議なことに再開しますし、縁の無い人は、その出会いだけで終わりです。でも、それはそれでいいようなそんな気がします。それ以上考えても仕方ないし・・・ まあ、なるようになるわけですから。

 写真は、先日も話したように、韓国の写真が続くわけですが、友人と夕食を一緒にしたときの写真です。本来は、あまり、人の写真を載せるのは好きではないというか、悪いなと思うわけですが、酔っ払う前に写真を撮って欲しいと言われて撮った写真なんですね。載せなくてはいけないと思って載せているわけです。今度は、いついけるのでしょう。まあ、仕事(青少年交友事業)では、7月26日と決まってはいますが、その前に行きたいものです。


2004年7月1日

韓国銀行前の噴水 涼を感じます 韓国銀行
無印の看板が見えます ロッテ噴水広場
その2 その3

7月が始まりました 

 今日から7月が始まりました。早いものです。今月もいろいろ盛りだくさんです。しばらくは、韓国の写真と話題が続くようなそんな気がしますが、時宜にあった話題と写真の方がですね。やっぱしいいに決まっているから・・・ 思いつつ、韓国の話題が続きそうです。今日は、マークといってアメリカから来ている国際交流員の送別会があります。7月中には帰国するそうで、ちょっと残念ですが、次の道も考えているようなので、福岡から応援しましょう。

 彼の場合、ネイティブの強みで翻訳は、すばらしいし、アメリカに帰国したとしてもそういったビジネスは出来るわけです。インターネットの普及でいろんな人を試すよりは、確実な人にお願いする方が、私たちとしても楽だし、金額的にも安くつきますから。事実、私も韓国の翻訳は、韓国在住の方にお願いをしています。その方の実績と安くしてくれるということを知っていますから。インターネットでビジネスもいろいろ変わりました。ただ、実際に知っているからお願いをするわけで、まったく面識がなければ、それは、ちょっと冒険ではありますが。そういう意味では、まあ、時々、セールスで日本に来なくてはいけないのでしょうね。

 今月は、芳洲塾の集まりもありますし、青少年交流事業で、韓国へ、1週間ほど子供たち(高校生)を連れて行く事業もあり、いろんな意味で、忙しい月になりそうです。観光写真コンテストがあり、特賞で、20万円もらえるというのがあったんですが、なんと言ってもこれまで、3000円の佳作しかもらったことのないものとしては、結構厳しいような気がしますが、応募してみたいと思っています。ただ、そんな観光写真を撮りに行く暇がないというのが悩みの種ではありますが。単に、金欠病で、わらにしがみついているようなものかもしれませんね。


   
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