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コリアンダイアリー

○○韓国雑感 韓国は楽しい○○
  

 元福岡県ソウル駐在員の山下です(現在、県国際交流課在職)。韓国に住んで見ると、本当にいろいろなことがありました。楽しいこともありました。現在福岡なんですが、一韓国ファンとして皆さんに情報発信をさせていただきます。


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2002年8月31日

バスの中から

このところ雨がよく降ります

   このところ雨が多いのには驚きです。今日は、台風の影響ですが・・・ 2年前の7月もそういえば雨がたくさん降りました。そのときも半端ではなく、地下室が浸水し、機械室が水浸しとエレベーターが動かないとか、喫茶店をはじめとする店も休業せざるをえないという状況がありました。今回は、南部地方で被害が出ているのですが、面白いことに、ホームページ上で、被害状況を報告しているのですが、今回に関しては、全く情報が入っていないんですね。把握していないということはないでしょうし、こちらで再三、督促をして入るのですが。

 韓国のこのごろの雨というのもはっきりしているような気がします。もともとあまり降らないんですが、降る時は降るよと自己主張みたいなものを感じます。韓国気質というか。日本の梅雨のようなしとしとという感じではありませんね。私もそういうふうに振舞おうとは思っているんですが、いろいろ考えてしまうというか。今日からそうしましょう。それはそれとして、今回の台風で、被害が大きくならないことを祈りつつ。


2002年8月30日

帰国します

帰国してしまうんですね

 女性で、単身で全羅北道に勤務。まだまだ、男社会のこの国での仕事はさぞ大変だったっことでしょう。当日も知事のお相手(通訳等)を勤め、疲れた体で送別会へ参加。お疲れ様でした。夜なのにサングラス、半そででいいのに上から服をまとっているのは、疲れてはれた目を見せないため、アトピーの皮膚を他の人に見せないためのようです。

 今週末帰国し、次の仕事は、国際交流関係の仕事。やっと、ご主人と一緒に生活できますねと話すと、県に帰っても仕事の関係で別居との事。離れて暮らすのがあたりまえの生活だから、そう、支障はないのかもしれませんね。ただ、私だったら寂しがりやだからきっともたないと思いますが。外国での駐在は、本当に夢物語のような気がします。日本という現実にいつかは戻らなければならないのですが・・・ ただ、私にとっての韓国生活は、夢ではなく現実、そして、ここでの生活が自分に一番あっているような気がするのも事実。

 私も来年3月帰国しますが、どんな未来が待っているのか・・・ 不安はないのですが、逆に希望もないという感じです。何か、自分でできる方法を考えておかないと、それはこのごろ強く意識しています。


2002年8月29日

仲良しアジュマ

アジュマ

 アジュマは、日本語で言えば、おばちゃんという意味になります。アガシー(お姉さん)からその次の言葉が、アジュマなんですね。若いアジュマにとっては抵抗があるところでしょう。今回ご紹介するアジュマの皆さんは、右端の女性が博多会のメンバーで、現在、他の2人と生け花をしているそうです。その関係もあり、日本に興味を持っているので、ぜひ、日本人と話をしたいということで、今回一緒に食事をしました。

 年齢的にも私と近いこともあり、いろいろ話をしました。向かって右端の女性は、日本語がうまいのですが、他の女性は、日本語ができません。その関係もあり、韓国語ができる日本人ということで私が選ばれたようです。ただ、女性3人対男独りというのは、いい様で・・・ 圧倒されるというのが現実ですね。食事もご馳走になり、ありがとうございました。

 時間が合えば、また食事でもしましょう。なんというかこんな交流でも日本のことを理解してもらえるのでいいのかなと思いました。また、韓国の方は本当にストレートだと思いました。ストレートだからわかりやすいというか。その方が楽だとも思いました。私もはっきり言うようになったんですが、ただ、それは、日本では通用しない面でもあるので、ちょっと不安でもあります。


2002年8月28日

ジェトロセミナー風景

ジェトロセミナー

 日本貿易振興会(ジェトロ)に福岡県は間借りをしています。正式には、共同事務所といいますが。そのジェトロで、年間2回のセミナーを開催しています。今回は、P/Lに対する企業の対応システムというタイトルでの話でした。前回まで私が担当していたこともあり、私も聴講しにいきました。内容は、具体的でわかりやすいものでした。

 今年の7月から施行されたのですが、日本のものとよく似ているものでした。というより、韓国の法律の多くは、日本と本当によく似ています。以前、経済産業省の方から韓国から解釈関係の問い合わせが多いという話を聞いたことがありますが、それをうらずけるような気がします。さすがだと思ったのは、三星では、80年代初めから、p/L関係のセクションがあったということです。そういう意味で驚きです。

 偶然というか、ここの通訳は、姜鎮姫さんでした。彼の実力は、同時通訳レベルだと以前書いたことがありますが、本当に自然に通訳をしているんですね。今回、改めてさすがだと思いました。私も通訳の真似事をしたことあるんですが、結構難しいんですね。韓国語わかるけど日本語に代えられない。自分のメモが読めない等々。通訳お疲れ様。ジェトロセミナー次回も開催しますので、時間のある方はぜひ参加ください。無料です。


2002年8月27日

1年ぶりの再開

女性一人韓国を行く

 福岡で一緒に韓国語を勉強をした友人が、ソウルを訪ねてくれました。スタートは、対馬だそうです。対馬ハルベというペンネームでHPを開いている方から、東京の方で、福岡にいた時、私と面識ある方が、ソウルへ行き私とあったらよろしく伝えてほしいというメールが入ったのですが、そのとき、彼女だとは思いませんでした。ハルベさんも時々、私のHPにカキコしてくれていたので、以前から、お名前だけは知っている方でした。本当に世の中狭いと実感。彼女も東京で、一緒に韓国語を勉強している友人が、ソウルの語学堂で勉強中ということで合流しました。

 彼女は、対馬から釜山に入り、汽車を使ってゆっくり北上し、ソウルへ。数日後には、中国に行くそうです。そこで、ご主人と合流とのことです。このバイタリティーはどこから来るのでしょうか。韓国を好きになり、そのエネルギーが彼女を満たしているような気もします。私ももっと若いころそうのような経験をしていたら、もっと違った生き方をしていたかもしれません。ただ、そんなことは、不可能ですから、ポジティブに昔、あんな経験をして、今、韓国にいるから今の自分があると考えるようにしています。

 韓国に来たからこのようにポジティブに考えることができるような気がします。過去にとらわれず、今をポジティブに生きていけること、今の状態を前向きに考えることができ、感謝です。やはり、熱い韓国だからなのかもしれません。


2002年8月26日

トラの絵(左)、近づいてみると(右)

写真モザイク

 永豊ビルの斜め前ぐらいに朝興銀行があります。この銀行は、トラをモチーフとしたものをよく使ってPRをしています。先日のワールドカップの時もそうでした。この銀行の横にトラのも大工があるのは知っていたのですが、よく見るとスナップ写真なんです。そのスナップ写真をつなぎ合わせて絵画に仕上げているんですね。ちょっとした驚きでした。写真は、どんなにして集めたのかということより、こんなにうまく表現できるんだなと驚いたりもしました。

 ただ、デジカメだったら、色の調整もできるし、そう難しくはないかもとも思いましたが、はやり最初は驚きでしたね。なんでもそうなんでしょうが、何気なくすれ違っていたり、眺めていても気がつかないことって結構ありますね。特に、私の場合、目が悪いので、結構近づかないと気がつかないこともありますし・・・

 同じものを見ても見方によって捕らえ方も違うでしょうし、それから受ける印象も違うでしょう。なんか、それを思うと不思議な感じがします。日韓交流についても遠くから韓国を眺めているだけでは、よくわかりません。やはり、近寄って実際に話をして、付き合って、酒を飲んで、それがないと本当の韓国のこといやいや、韓国人のことはわからないと思います。同様に、韓国の人にとってもそうでしょう。


2002年8月25日

挨拶をするHIS澤田社長、会場では、生演奏が

スカイマーク就航

 昨日は、スカイマークの就航記念式典に参加してきました。実は、それ以外にも3組の約束があり、11:40から集まりに参加してきました。6時からロッテホテルで開催されたこの記念式典には、80人ぐらいの人が参加していました。私は、どちらかというと韓国の方のほうが知りあいが多かったので、日本の皆さんに紹介し懇親しました。

 HISの名称は、社長の名前、澤田秀雄からきているんだということがわかりました。HISは、日本では、JTBに次ぐ旅行社で、韓国へもJTBの次に多くの日本人を送り込んでいるとの事。ただ、ロッテホテルの社長の話によるとロッテホテルへの送客数は、HISが一番との事。

 今回は、金曜日に羽田からチャーター便を仁川に飛ばした記念イベントです。月曜日に羽田に戻りますが、ホテル代も込みで4万円だとの事。将来的には、定期便にして生きたいと話していました。そのときはまた、ここで記念パーティーをやりたいと抱負を語っていました。

 安全で、低価格を実現したのは、経営手法でありますが、例えば機体を広告スペースと考え、そこに広告を載せることで、企業から協賛金を受け取り、それを価格へ反映していく等・・・ 社長の考え方は、著書にもあるのですが、「思う、動く、叶う」これに尽きるようです。ハワイへ行こうと思わない人はハワイへいけない・・・ 消費者としてもHISが定期便を飛ばしてくれれば、他の飛行機会社も価格を下げることでしょうから、歓迎ですね。がんばれスカイマーク!!


2002年8月24日

福井県の大学生と柳さん

福の日

 今日訪ねてくれた人は、福井の大学生、福島県のジェトロ研修予定の方、福岡に友人を持つ方といったように福がつく人ばかりでした。福井の大学生と福岡に友人を持つ方はいっしょに当事務所を訪問されました。たまたま、観光地で一緒になったとの事。私は、福岡に友人を持つ柳さんとは以前、お会いしたことがあり、面識がありました。日本が大好きで、いろいろボランティアをしている方です。

 結構年配の方で、現在光州市に住んでいます。一人暮らしだそうで、人との出会いをとても大切にしている方です。福井の大学生は、東洋史を専攻しているそうで、純朴な青年でした。初めての韓国一人旅・・・ 言葉もできるわけではないのにすごいものです。まだ、こちらに来て3日目だから、あまり回っていないと話していましたが、普通、韓国旅行は、2泊3日というパターンが多いのに、まだという感覚はすごいと思いました。

 福島県の方は、来年、3月からジェトロソウルで勤務するそうで、今回は下見を兼ねて、ソウルに来たとの事。いろいろな人がソウルを訪れていることを実感しました。いろいろな出会いがあり、それを通して、韓国を好きになる人も増えることでしょう。日韓交流、それは、それぞれの個人交流から始まるのですから。


2002年8月23日

大田駅と駅前風景

ちょっと疲れました

 昨日、大田市を離れ、ソウルに戻ってきました。大田駅前には鳩が集まり本当にのどかでした。もらった資料や、パソコンは、肩に食い込みますが、しばし、眺めていると落ち着きます。なかなかソウルでは見ませんし、ちょっと昔にタイムスリップしたような懐かしい感じがします。それから2時間移動し、ソウルへ到着。2時にお客さんと面談を約束していたので、面談を済ませ、夜7時から開催される博多会(県人会)の準備をします。何を準備するのかというと、会員名簿、前回の会計報告等です。結構、きっちりやっているでしょう。お金を預かっている以上あたりまえなのでしょうが・・・

 当日、24名集まりました。和気あいあい、ビュッフェですが、結構おいしいくアルコールも入るので、話も盛り上がり、結局、店が閉まる10時まで粘りました。会場は、食通の韓国の幹事の方がいつも決めてくれるので、それなりにおいしいところです。

 ただ、いつも彼ばかり担当しているので、担当というのはそれなりに気を使いますし、次回は、私が選ぶことにしましょう。この会を本当に楽しみにしてくれている人をみると幹事をしていてよかったと思います。先週から、ずっと出っ放しで、肩や足も痛いし、疲れていますが、皆さんの笑い声を聞くとその疲れも全くなくなるわけではないのですが、取れます。来月もお会いしましょう。


2002年8月22日

ホテルに掲げられた韓国サッカー選手歓迎幕、市内の風景

添乗員 

 添乗員の仕事はこんなものかと思う事があります。今回、私のやっている仕事は、旅行社の添乗員の仕事だと思うからです。一番緊張するのは、初日のピックアップですね。顔も知らない人初対面の人をいかに見つけるかということです。ここではぐれたらと思うと緊張します。今回もBゲートから出てくるはずなのに、間違えて、Aゲートから出てくるんじゃないか(実際そういうことがあった)とか・・・ 今回もうまくピックアップできたので、それで一安心ということで。

 一緒に時間を過ごすうちに次第に仲良くなるんですね。でも、レンタカーが所定の時間場所にないとか、それからの予定がまだペンディングでぎりぎりになって決まるとかありますが、これは、他の仕事でも同じですからさほど気になりません。いかにフットワークよく動きみんなが嫌な思いをしないですむかそれが一番の課題ですね。結構、動き回っているんですが、やせないのは、それが終わってほっとして飲むビールのせいでしょうか。

 今回は、別に通訳者の友人が一緒だったので本当に助かりました。いつもだと私が通訳して、案内してというのを2人でするのですから。彼女は同時通訳できるレベルなんですが、仕事内容は、結構きついですね。朝早く、夜遅く、ずっとメモをとりながら話しっぱなし、時には、添乗員のような仕事をしなくてはいけないし、こんなの通訳の仕事じゃないよというような仕事もしなければいけないし。本当に今回もお疲れ様でした。で、またお願いしますね。


2002年8月21日

大学の風景、会議室には歓迎の横断幕がありました

公州大学訪問

 今回の大田訪問は、ジェトロ(日本貿易振興会)の事業の一つである、ミニLL事業(長崎市)のための出張です。LLというのは、ローカルツーローカルといって、地方と地方を結びつける事業です。11月に本番があるんですが、その事前調査で長崎市の皆さんと事前調査で訪問しました。長崎市のほかに北九州市も韓国の仁川としています。北九州市は当然として福岡県の職員がなんで長崎市までするのかと思うかたもいるかもしれませんが、出張経費等必要経費は、ジェトロからもらっていますし、福岡は九州を代表するのだし、九州を知らない他の人が担当するより山下がする方がうまくいくというジェトロソウルセンターの所長の一言で九州の案件は私が担当しています。これまでも大分の企業、佐賀県を受け入れています。

 ただ、このLLは結構大変です。韓国側の窓口と連絡をとるのですが、クッションがいくつかあるので、なかなか伝わらないし、変更も多かったりとか、夏休みの時期(私はとっていないんですが)で、担当がつかまらないとか・・・ これまで、直接交渉をしていた私としては、いい経験になりました。せっかくやるのですから、成功するように努力しています。

 今回訪問した公州大学は、もともと師範学校で、現在は総合大学になっています。韓国内でも規模レベルで、10位に入るとの事。大学内では、教授が学内にベンチャー企業を4つ起こしています。その中の一つ足型をとるcadシステムを見せてもらいました。優秀な人材が集まる大学ではといったところでしょうか。また、大学の先生としても好きな研究をしながらそれが商売につながるのですから楽しいことでしょう。

 大学の先生の中に、昨年会ったことのある先生がいらっしゃり、懐かしく思いました。また、11月にも訪問するかもしれません。


2002年8月20日

ホテルからの景色

のどかな町

 大田は、本当にのどかです。緑があり、川が流れ、建物もソウルのように高くありません。空き地もありゆったりしています。温泉もあります。ここには、大徳バレーがあります。この大徳バレーは、ベンチャー企業が多く入居しています。大学も多い学園都市です。80パーセントの人は、この地に夢を求めて他の地域から来たそうです。

 ただ、現実は厳しく、現在利益をあげている企業は、ここに立地している企業の半分だそうです。ソウルでの生活に疲れ、ここに夢を求めてやってきた人たちはビジネスだけではなく、一緒のコミュニティーとして登山等を通して、懇親を深めているそうです。

 国の方としても研究機関をすべてこの大田に移し、特許庁等一部政府機関もここに移しました。韓国ドリームを夢見る人たちがこれからもたくさんこの地に集まってくることでしょう。ここが、韓国を引っ張っていくんだという自信感が、企業の方に会うたびに感じました。きっとそうなることでしょう。


2002年8月19日

ソウルと仁川を結ぶ橋、自由に飛び回るカモメ

今日から大田へ

 今日から、長崎市の事業の関係で大田へ出張をします。で、しばらく、ホームページもお休みです。木曜日には戻ってきますので、早くて、22日(木)更新予定です。いつも愛読していただく皆さんありがとうございます。昨日、いつも読んでくれる人がいないと書く気しないんじゃないの?と聞かれたことがあるんですが、やはり、正直な話、見てもらえるとうれしいというのが本音ですが、まあ、自己満足の部分というのはあるわけで、それはそれでいいのかなと思っています。それに、福岡県の駐在員がPRしていると思っていただければ、それはそれで、福岡県のPRになるわけでいいのかなと思っています。私のHPの書き方も変わったねといわれることもありますが、まあ、人間ですし、このHPを書くことで、自己主張させていただいていますから、それはそれでいいのかなと思っています。

 ただ、原則、人を傷つけない、人が嫌がることはしない(家族の話題は、極力避けるよう努力しています。子供達等が嫌がるので)等々、一応、私もポリシーを持って? 書いています。ただ、匿名ではないので、あまり過激なことは書けないというのも事実です。

 大田へ、今日から行きますが、正直行きたくありません。その分仕事がたまるし、学校が、22日から始まりますから、今週夏休みを取れば、一緒に旅行にいけるからですね。でも、私以外の方も同じような経験をしているんでしょう。そう思います。いやいや、そう思いたい。なかなか自分の思うとおりにならないのですが、自分の思い通りになればどんなにいいものかと思うこともありますが、何らかのストレスを背負って人間は生きていくんでしょうね。そう思いながら生活をしています。でも、自分の思うとおりに生きれたらどんなにいいことか。そう思いながら生きていけるのがいいのかもと自分に言い聞かせているような気がします。さあ、休みを取れる人は、どんどんとりましょう。


2002年8月18日

仁川上陸作戦記念館の写真、マッカーサー銅像

仁川訪問

 今年は夏休みが取れませんでした。取れなかったというと正確ではないのですが、実は、8月7日休みを1日とったのですが、仕事があったので、結局、家族とロッテワールドに行って、自宅前まで一緒に行きそれから職場に戻ったんですね。でも、せっかく子供達も夏休みだからということで、土日を使って、仁川へ行って来ました。昨日、昼過ぎに1号線で、仁川へ。この時期、なんでこんなにこんでいるのかと思いつつ。

 当日は遊覧船を楽しみました。ホテル探しは少々大変でした。私は、いつも仕事で行くときも当日、旅館を探し、そこに泊まるんですが、韓国の場合、家族ずれで泊まることもあるんですが、結構怪しい旅館も多く、外見では区別がほとんどつかないからです。まあ、何とか、泊まることはできました。次回からは、ちょっとホテル情報を調べていこうと反省をしました。

 今日は、午前中は、中華街を散策し、午後からは、仁川上陸作戦記念館を訪問しました。シティーバスがあり(鳩バスのようなもの)、それに乗車し、仁川上陸作戦記念館を訪問しました。いろいろ解説をしてくれることもあり、そこまで、1時間以上かかりました。韓国語だけの案内ですが、大人1000w、子供500wは、結構安いと思います。

 仁川上陸作戦記念会館は、入場無料です。規模的には、ソウルにある戦争記念博物館と比べるとかなり小さく感じますが・・・ タンク、飛行機も展示されています。ここを訪問する子供達は、ノートを片手に熱心にメモをしています。一番印象的だったのは、左の写真なんですが、家族ずれが、タンクの後ろに映っていますが、タンクの右上に観覧車が写っているんですが、そのことが、やはり、印象的でした。

 同じ民族が、血を流すという過去を背負いながら、遠くには、子供の遊園地があるのですから。仁川上陸作戦が成功したから今の北朝鮮との関係があるわけで、もし、北朝鮮が、優勢を占めそのままであったら、決して、今の韓国はないわけで・・・ そのことを韓国の人たちもよくわかっており、子供達も熱心に勉強をするのでしょうか。平和ボケした日本との違いといったところでしょうか。


2002年8月17日

アウトバンドのガイドの皆さん・・・

旅行社の友人

 韓国では、この人だと思い込むと、とことん仲良くなります。私にも何人かそういった友人がいます。旅行社の友人もその一人です。彼は、これまでも何回かこのHPに登場してくれたことがあるので、よく見ていただいている方なら、さっしがつくかも知れません。旅行社をしていることもあり、おいしい店を紹介してくれます。韓国で、私のことを兄貴と呼ぶのも彼ぐらいでしょう。私より、2歳年下です。

 出会いはものすごくシンプルで、福岡の観光施設の方と3人で食事をした時に気に入ってもらい、それから時々一緒に食事をしています。福岡の観光商品もたくさん作ってくれますし、それ以上に、人間的に一緒に煮ると楽しいのでというのが本音のところでしょう。

 今回は、私も業務一時帰国や、いろいろ行事仕事が重なったこともあり、1ヶ月ぶりぐらいになります。さすがというか、いってみてビックリ、アウトバウンドのガイドさんも同席。彼の人柄でしょう。みんな快く集まってくれたそうです。後半になると右端の女性のご主人まで駆けつけてくれました。

 なんだかんだといいながら、やはり、その人に仕事はついてくるんですね。そう感じました。アウトバウンドのガイドの仕事も結構大変で、左端の女性は、25日ぶりのソウルだとのこと(その間、日本)。結構、ガイドの仕事も肉体労働+精神労働で大変なようです。

 バイリンガルというか、お店の韓国人と話す時に、思わず(たぶん)、すみませんと呼びかけていましたが、仕事柄(もちろん酒の影響もある)そうなるんでしょうね。


2002年8月16日

和気あいあいと・・・

日本語の集まり

 インターネットのコミュニティーを通して、日本をキーワードとして集まりました。7時過ぎに一度集まり、そこで学集会、それを終えて一緒にホープへ。皆さん、本当に熱心です。仕事もいろいろ、大学生も一人いました。今回は、私を含めて7人です。この会への参加同期もいろいろです。日本語を勉強していたが、仕事を始めてあまり使う機会がないので、もう一度勉強しようと思って参加したとか。自分のしたいことをしたくて、これまでやってきた。1年間ニューヨーク、1年間は、日本というふうに満喫した。このサークルも自分がやりたいものの一つだと思うから・・・

 面白いことに、今回の参加者は、偶然3人がつながっていることがわかりました。大学の先輩後輩関係にある人。面識があり、時々食事もしているとの事。その一人ともう一人は、日本で同じ語学学校に通っていたというのです。世の中の狭さを実感させられました。

 なんで、私が参加しているのかと不思議に思われる方もいるかと思いますが、オブザーバーという立場なんですね。みんなで飲むから、山下さん参加して欲しいと誘われて参加した問い言うのが実情です。韓国人好きの私としてはこういうのはいいですね。日本人一人で、周りがみな韓国人というのは。こんなサークルがどんどんできて、日本のサークルと交流できるといいのでしょうね。


2002年8月15日

国旗がならぶ街並み

今日は光復節

 今日8月15日は、光復節です。「光復」とは、「失った主権をとりもどす」という意味で、光復節を辞書で引くと、「1945年8月15日に韓国が日本の支配から開放され主権を回復したことを記念する祝日」と記されています。もともと韓国では、祝祭日には、国旗を掲揚するのは、日本以上ですし、今回は、ワールドカップからの影響か、個人的にも韓国旗には、親しみを感じています。

 以前は、韓国にすむ日本人は、あまり、このような日には出歩かないということがありましたが、最近では、それもなくなり、多くの観光客も訪れるほどです。そういった過去の歴史を忘れることなく・・・ かといって、日本との友好交流はやっていこうといううごきも顕著です。

 先日、日本文化開放についてどう考えるかという質問に対して、多くの人が、開放は賛成という意見でした。そして、教科書問題は教科書問題として割り切って考えるべきだという意見が大半でした。日韓交流にとって下地は確実にできていると思います。

 人間関係もそうですが、国の関係もそうだと思います。壊そうと思えばすぐに壊すことができると思いますが、やはり、うまく付き合っていこう、これからもずっといい関係を保とうと思えばそれなりに努力が必要なわけです。所詮、似ているとはいいながら、背負っている文化等環境は国にしろ、個人にしろ違うわけですから、まず、その違いを認めることから始めるべきでしょう。お隣の国韓国、隣国ですから。極端な話、個人なら、意見が合わなければ別れて他のところに住めばいいのでしょうが、国となるとそうはいきませんから。

 この日(8月15日)は、未来志向で、日韓を考えなければといつも思っています。日本人の中でも韓国が好きな人が、結構増えてきていると思いますし、逆に韓国人の場合も同じようです。ますます、近い関係になれることを祈念しています。


2002年8月14日

 ミンさん

花絵のミンさん

 結構、古くから付き合っていますね。日本にいるころからですからもう5年にはなりますね。私が、日本で、企業誘致を担当していた時に、花絵を日本で販売したいと言う相談を受けそれからのお付き合いです。1932年ですからもう70歳になられます。元気そのものです。この日も先日紹介したノベルティーを少し小さくして作ってもらおうとソウルまで来てもらいました。

 私の母親と同じ年齢の方を友達と言うと失礼なのですが、そんな感じです。無理なく自然に話ができます。こんな関係はいいですね。私にとっては、友人は、男女、年齢はあまり関係ありません。気持ちが会えばそれが友達のような気がします。

 自宅に電話をすることもあるのですが、そのときも奥さんが電話に出られて、「あ〜山下さんですね。いつも主人が・・・」と切り出されます。少々恥ずかしい気もしますが、それだけ、奥さんにも話をしてくれているんだなと思うと嬉しくもありました。ただ、彼は、スキンシップが好きで(というより、韓国の人は、日本人よりスキンシップが好きな方)、握手だけならいいんですが、話が盛り上がると私の手をぐっと握ることがあり、それには、ちょと抵抗がありますが、ここは韓国だからと自分に言い聞かせています。でもどうせ握ってくれるなら、女性の方がいいなというのが本音。


2002年8月13日

熱の入った演奏は続くのでした

乙支路の広場

 2号線乙支路駅の地下道には、ちょっとした広場があります。そんなに広くはありませんが、そこでは、このような演奏会が時々開かれています。ワールドカップ期間前にオープンしました。それからは、フラフープのパフォーマンスをする年配の方をよく見かけたのですが、その後、バンドの演奏、韓国伝統芸能等々、盛りだくさんのイベントが開催されます。

 私には、ワールドカップの余韻を楽しむように見えました。地下鉄、地下街を利用する人は、足を止めて耳を傾けています。身近に生の音楽を耳にできるというものはいいものです。ソウルは、アスファルトの塊です。それででしょうか、意識的に街路樹は結構植えられていますし、オブジェもあちこちで目にします。地下のこの広場も市民のオアシス的な存在でしょう。

 この時期仕方ないのでしょうが、担当セクションの皆さん、夏休みを取っているので、なかなかつかまらないんですね。まあ、うちの職場も皆さん休みとっていますし、それはそれで仕方ないことでしょう。私も一時帰国後、まとめては無理にしても割り切って夏休みをとるはずだったのですが・・・ 今日は、少なくとも休めませんね。明日、休めるといいんですが。もちろん自分のためですが、家族のためにも必要だよなと実感しています。来週から、学校始まるし、今週しかないんで。


2002年8月12日

中央にある照明

幻想の世界

 行きつけのホープがあります。行きつけといっても久しぶりに数日続けていった店です。この店は、自宅から近いところにあり、気楽に利用できる店です。他にもホープはいくつかあるのですが、この店はどちらかというと年齢層が若いということ、よく利用しているという理由で利用しています。

 時々、この店で、日本人とも会いますが、ほとんど韓国人の皆さんです。先ほど利用する理由を書きましたが、他には、照明が程よいということでしょうか。なんとなく落ち着くというか、明るくも無く、暗くも無い、電灯が、そこそこ幻想的なんですね。酒飲んでいることもあるんですが、幻想的な電灯やオブジェを見ながらしばし、悩みも忘れています。無の境地というと大げさですが・・・

 単に生ビールの好きな私としては、家族ずれで来ることもあります。ねらい目は、6時から1時間程度、家族の時間が合わないときは、子供を2人ほど連れて、かしわのから揚げ(持帰り用)を頼みます。待つ間、生ビールを飲むわけです。大体1杯ですが、日によっては、2杯になることもあります。

 私も一人で飲むよりは、話し相手が欲しいので、子供を連れて行くのですが、子供も好きなから揚げを食べられるわけで、持ちつ持たれつという関係でしょうかね。まあ、皆さん今週もがんばりましょう。


2002年8月11日

宇宙基地のような・・・

宇宙基地?

 来客の皆さんを見送りに仁川国際空港へ、いつも空港ターミナルしか利用しないのですが、今回、交通ターミナル(正式名称は違うかも)を見てきました。現在は、駐車場を利用し、移動する時に使う施設なのですが、本来は、将来的に、空港間(金浦と仁川)を結ぶ交通システムや、都市部を結ぶ交通システムがここからスタートするとの事でした。

 写真を見ていただければわかると思いますが、ここをぱっと見ると宇宙ステーションにいるような錯覚さえ覚えます。まるでSFの世界です。ただ、ここを掃除をしている人の姿をみると現実に引き戻されます。雑巾を使って、手すりを磨いている姿は、現在そのもの。きっと昔からそのままなのでしょうが。

 ただ、どんなに科学が発達しても人間は、昔から変わってきていないなと思います。生活は便利になり、豊かになり、病気も減り、元気で長生きできるようになったということは大きな進歩ではありますが、人間そのものは、それなりに悩み、悩み、悲しみ、悲しみ、そして少し喜び・・・ 

 このような施設が、実際に宇宙に建築されるころもやはり、今の人間のように悩みは無くならないのかなと・・・ できれば自分たちの子供達には、笑いと喜びの生活ができればいいのかなと思ったところです。


2002年8月10日

 左上から韓式にあったオブジェ、乾式料理、貞洞劇場の女性、大漢門

夜のツアー

 来客があり、夜のツアーをしました。まず、野菜を食べたいということになり、職場近くの韓定食の店へ行きました。ここは、いきなり入り口のところで、写真のオブジェが歓迎してくれます。本当に韓定食の店かと・・・ 値段は、一番下が、25000wからあります、昼食時間だと15000wだということですから昼食時間のほうがお得かもと思われるでしょうが、夜は、夜の雰囲気がありいいものです。そこで5時過ぎからゆっくり食事をし、7時過ぎにタクシーに乗りました。

 次の目的には、貞洞劇場です。ここは、タクシーで、10分程度ですが、歩いても十分いける距離です。8時から公演が始まりますが、7時40分から入場可能です。3万wの席と2万wの席がありますが、2万wの席で十分です。8時から約1時間ほどですが、展開が早く飽きることはありません。太鼓あり、踊りあり、唄あり、日によって変わります。私も2回目なのですが、前回とは、趣が違ったことを感じました。なお、劇場内での写真撮影は禁止です。公演が終わるとそこに出演していた皆さんと写真撮影会をします。当然、私たちもしました。ここは、公演内容もすばらしいのですが、アットホームな感じがします。受付でお茶をもらったり、公演が終わっても、写真とりましょうかと担当の方が話し掛けてくれるしと・・・

 9時15分頃に貞洞劇場を出て、歩いて、バス乗り場へ向かいます。歩いて15分ぐらいの距離ですので、先ほどの余韻に浸りながら、道も綺麗に整備され、デートコースのような感じです。道は徳寿宮の前の大漢門の前に通じています。市庁前のワールドカップオブジェも綺麗ですし。

 私たちは、先に自宅に帰りましたが、他の皆さんはそれから南大門へ向かいました。眠らない街、南大門、東大門といわれますが、地域によっては、6時ごろしまる店もあるようです。こうして、夜のツアーは終わりました。


2002年8月9日

ロッテワールドの遊具とオブジェ

忘れてました

 このところ忙しいこともあり(昨日の酒は関係ない)、ばたばたしています。その割に仕事も手につかないし・・・ そんなこといってる暇はないのになんて思っているところへ、ラブFMから電話が入りました。山下さん今日の話題はなんですか? しまった、今日は、ラジオの取材がはいっていたんです。でもさすがというか(自分で言ってどうするんだ)、すかさず、先日、日本に帰って、そこで日韓の違いを感じたのでそれを話します。それから、本番の2分間で、話す趣旨を考えて話をしました。

 日韓の違いというか、福岡と韓国との違いですね。ラジオ担当者は、根っからの福岡の人で福岡を弁護するような言い方、私は、韓国ファンとして、韓国を応援する言い方。面白いですね。立場によって話し方も変わるのですから。

 韓国には、駅前に観光案内所があって、そこで日本語で案内をしてくれるのがあたりまえなのに福岡では、まったくない・・・ 違いといいながら、似ている点も話してみました。福岡の人は、韓国の人と同様熱い人が多いということです。情熱家でありながら、人情味があると常日頃から思っていたからですね。やはり、これは、韓国から福岡に流れてきたんじゃないでしょうか・・・ それはそうと次回は忘れないように、ばたばたした仕事やいろいろ片付けるべきことは早く整理しておかないと・・・ 実感。


2002年8月8日

 

  センカルビーとヤンニョンカルビーを一緒に・・・ サムギョプサル

送別会

 ジェトロの職員の一人が、週末に帰国するため、今日は、近くの焼肉屋で送別会が開催されました。出会いがあれば別れがある。当たり前のことなのですが、やはり、別れは寂しいものです。特に駐在をしていればいずれは、帰国するわけですから必ず別れがやってきます。決まった期間だからそこでの出会いが思い出に残るということは海外にいると特に感じるものです。

 当日は、見送りに行きませんが、日本に帰国されてもお元気にお過ごしください。その間ありがとうございました。送別会は、近くの焼肉屋で開かれました。おかしいというか、面白いと思ったのは、生カルビー(味付けをしてない焼肉)が、まだ鉄板の上にあるというのに、そこに味付けをしたヤンニョンカルビーを一緒に入れるんですね。おなかに入ってしまえば同じだけど、生カルビーがなくなるまで待ってよというのが本音。

 送別会だという事で(関係ないかな)、盛り上がりました。理由は、同じ部屋のとなりにカラオケがあったことでしょう。みんなこれまでのストレスを吹っ飛ばすかのように熱唱、踊りだす人まで現れ・・・ 最後には、倒れてしまう人が出るほどでした。普通は、爆弾酒(今回は、ビールの中に焼酎を入れたもの)が、会場のあちこちで回っているし、爆弾酒の色が茶色から白く変わっている(ビールより焼酎の方が多い)んですね。みんな明日大丈夫なのかなと冷静に心配ができました。


2002年8月7日

 

  雨のため、増水した漢江とロッテワールドのモニュメント

久しぶりの休暇

 久しぶりの休暇です。1年ぶりですね。家族と久しぶりに過ごそうと夏休みを取ったのですが、本当は、そんな状況ではないんですね。夕方には、来客があるし、その合間に、督促されている仕事をしてしまわないと・・・ 昨日も自宅でしようと思ってパソコンを持って帰ったんですが、このパソコン短たる肉体疲労製造でしかありませんでした。するにはしたんですが、朝ちょっと早く起きて30分ですから・・・

 久しぶりにそんなこと思いつくもんだから、雨がひどい、最も先週の土曜からあちこちで浸水しているもんだから、道が込む込む、いつもなら、40分そこそこでつくのに1時間20分ぐらいかかったし、本当に大変でした。そうこういいながらも久しぶりのロッテワールドは楽しかったですね。家族と過ごすことの少ない私にとっては特に感じました。雨の影響か、いつもに比べて来客者が少ないというのもよかったですね。

 10時半から3時までロッテワールドで過ごし、そこからタクシーで自宅へ、私は、自宅前のバス停から職場へ、本当に仕事の山。あれ、山下さん休みじゃなかったの?ときかれましたが、みんな忙しいので、特にそんなことは気にしない。 
 督促受けても(本当は嫌だけど)家族と過ごす時間は必要かなと実感しました。これから、来客の方と食事に出ますが、少し早く帰って、自宅で仕事をすることにします。パソコンもって変えるんですが、また、昨日のように肉体疲労製造でないように・・・ でも、ほんの数時間ですが、リフレッシュできたような気がします。皆さんも適当に息抜きしましょう。また、がんばろうという気になりますから。


2002年8月6日

改装が済んだロッテホテルロビー

お待たせしました

 皆さんお待たせしました。やっと本日ダイアリーのアップいたします。長い空白でしたが、さかのぼってますので、おひまな方は、ご覧ください。今日、昼休み、韓国関連のHPを検索していたところ「元駐在員の妻のHP」というのがあり、それを覗いていると、妻らしき人物が日記の中に登場するんですね。思わず時間を忘れ呼んでしまいました。

 あまり会話のない家庭なので、妻が外でどんな風にしているか知りませんでしたが、これを見てああ〜そうなんだなんて事を感じたり、意外な一面を見ることができました。ただ、あだ名は、あだ名なんだけど「おやじ」というのはどうも・・・ 私のことを指すときにおやじのおやじは元気なのとなるわけで、紛らわしいし、だんなとしてももう少しかわいいあだ名にしてもらえないかと思うわけで・・・ 

 しかし、あの日記はすごい・・・ そしてよく知っているなと感心します。男性は行くけど女性はほとんどというか、まったく行かないのにすごいと思いました。これからも時々、覗かせていただきますが、ただ、もう帰国されているので、妻の話題は出ないですね。もう少し早く見ておけばよかった。

 明日は、休みをとってロッテワールドに行くことにしています。このところソウルは、すごい天気です。午前中、どしゃぶり、雷もなるし・・・ 明日は晴れるといいのですが。ただ、夜は来客なので、食事ができないのが残念。まあ、妻も飲み会だといっていたから、逆にちょうどよかったかも。


2002年8月5日

前列左が佐賀県職員江口さん

佐賀県職員と

 佐賀県職員が当事務所を訪問しました。私の守備範囲は、九州山口だからですね。本当は、昨日、帰国したこともあり、くたくたなので休みたいというのが本音でした。ただ、当方の出張より、佐賀県さんからの申しいれが先立ったので・・・ 彼は、4ヶ月間の研修ということで(株)山九が受け入れ元となり、アジア各国を回るそうです。今回、最初の訪問地がここソウルとの事でした。

 佐賀県は結構、昔からこの研修事業を行っていることもあり、私も何人か受け入れてきました。対象は貿易担当セクションの職員だそうです。この日は、クレアの職員の皆さんと食事をとりました。研修は、結構大変だと思います。言葉もよくわからないのに一人で回るのですから。昨日も一人で街をぶらつき食堂に入って食事をしたそうですが、食べたい料理が頼めなかったそうです。飛行機のチケットとホテルは決まっているそうですが、それ以外は、自由に回っていいそうです。

 私も仕事で台湾、香港を回ったことがあるんですが、通訳なしで、会社を訪問し、筆談や、へたくそな英語を交えて話をしたのですが、本当に辛いものがありました。これからしばらくの間、体調に留意して、がんばってください。


2002年8月4日

JR筑肥線 空港に向かいます

いよいよ韓国へ

 今日、韓国へ。荷物も多いし(韓国から持ってきたパソコン等々)、JR筑肥線の今宿から、乗り込み、福岡空港まで行きます。福岡空港は、現在、国内線と国際線に別れているんですが、地下鉄は、国内線に到着します。そこから、巡回バスに乗るのですが、このバスというのが、空港専用に作られたバスではなく、市内バスがそのまま走っているわけです。

 問題は、国際線を使う人は荷物が多いのに荷物を置くスペースがないということ。それにステップがあるので乗り降りが大変だということです。もっと大型バスにするかそれができないのであれば、座席を取り外して、荷物を置くスペースを確保して欲しいものです。1年に1〜2度しかバスを使わないのですが、使うたびに感じていることです。

 空港(福岡国際空港)で思うのは、手荷物検査場をもう少し拡充できないものかということです。昔からそうなんですが、いつも長い列ができます。それはそうとやっと家族に会えると思うと嬉しい限りです。普段は、そう感じてはいないのですが、いざ、一人となると結構、感じるものです。そういう意味で、たまにこんな出張もいいのかもしれません。ただ、本当に疲れた。それが実感です。

 夕食は、久しぶりに、家族で外食をしました。早めに終わったので、つもる(?)話もあったので、妻とホープに行きました。久しぶりというほどでもなかったのですが、いいものです。次回、もし3度目の駐在をする場合、子供は学校の関係で仕方ないにしても妻は一緒に行きたいものだと決まってもないことを考えたりしています。


2002年8月3日

 

  左からバナナの叩き売り、浴衣姿の女性

夏祭り

 夏祭り、久しぶりです。そういえば、韓国では、祭りという祭りがあまりないような気がしますね。その分、イベントがあると熱くなるのでしょうか。6月開催されたワールドカップがそのいい例じゃないでしょうか。浴衣姿の女性を見るのも久しぶりです。そういえば、8月1日、天神をうろついていたら、大濠公園の花火大会の関係で、たくさん浴衣姿の女性を見ましたね。浴衣はいいですね。日本の夏というイメージがあるからです。

 浴衣もいろいろ工夫がされているようで、写真のように「ミニの浴衣」もありましたし。個人的には、ノーマルの浴衣がいいのかな。バナナのたたき売りを正直期待していましたが、少々、期待はずれでした。わざわざ、門司からきたそうです。個人的には、生ビールをたらふく飲めて満足でした。

 日本は、祭りで盛り上がりますが、韓国でも同じだろうと思います。こんな小さなお祭りですが、観光商品に組み込んでも面白いかなと思います。文化体験型商品が、日韓ともにはやるような気がしています。


2002年8月2日

経済セミナーのもよう

アジア経済セミナー

 福岡県では、毎年1回、駐在員によるセミナーを開催しています。時期的には、比較的業務のひまなこの時期に行っています。現在、福岡県では、香港、バンコク、ソウルの3ヶ所に県職員をそれぞれ1名派遣をしています。みんなジェトロとの共同事務所という形態をとっています。共同事務所というのはジェトロの中に机といすを借りて、契約書により一部ジェトロの仕事をし、それ以外は、福岡県の仕事をするというものです。経費は、福岡県から出されています。

 このセミナーというのは結構、荷が重いんですね。セミナーですから当然、原稿を用意しなくてはいけません。結構、その国の通といわれる人が集まりますから、あまり簡単なデータのみの紹介では聴衆の皆さんから怒りのアンケート結果が待っていますから、手が抜けません。それとパワーポイントで説明をすることという指導が入っていますから、パワーポイントを準備しなければなりません。それと一番の問題は、駐在員には、時間がないということです。

 電話のない時間帯に集中して作るしかないので、たいてい夜遅く作ることになります。私もパワーポイントが間にあわず、パソコンを日本へ持ってきました。空き時間に作ろうと思うのですが、そう空き時間なんてありませんし。朝、早起きして、ぎりぎりで作りました。

 今日は、昨日の福岡に続いて2回目のセミナーです。昨日、話していることもあり、結構余裕でした。それと、昨日、セミナーを聞いた人から、山下さんの話は印象に残ったと話してくれたのも自身になったような気がします。ただ、その方は、私が、昨年話した内容も覚えているということで私にとっては、かなり驚きでした。というのは、私自身が、昨年の話をした話の内容を覚えていないからです。


2002年8月1日

小倉駅構内で作られていた砂のオブジェ

今日から8月

 今日からいよいよ8月です。夏盛り、それと福岡の夏のなんと蒸し暑いことか。実感しています。寝苦しい夜が続きます。韓国生活に慣れてしまった私としては、よく暮らせたなと自分で感心しています。今年は、海にいけないかな。基本的に夏は大好きですね。暑くて汗をだらだら流し、生きていると実感できるからですかね。韓国の夏は暑いけど蒸し暑くないから気持ちがいい暑さかなと感じています。

 冬は寒いから嫌だと思っていたんですが、韓国の場合、寒いというより、痛いという感じです。それが刺激的で、気持ちがいいし、部屋はオンドルでぽかぽか、福岡よりはるかに快適です。韓国の人の感情もはっきりした人、激しい人が多いのも結構、この気候からきているのかもしれません。私もずいぶん韓国的になったとは思いますが、まだまだ、はっきり言うべき時にいえないことって結構あるなと感じています。

 変に相手に対する遠慮というか、配慮というか・・・ 逆にいわなくてもわかってよなんて甘えみたいなものがあったりして。お互い不幸になるよなと思いながら、今月からは、意思表示をもっとはっきりしようと思っています。そう簡単なことではないでしょうが。


   
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