コリアンダイアリー

○○韓国雑感 韓国は楽しい○○
  

 元福岡県ソウル駐在員の山下です(現在、県国際交流課在職)。韓国に住んで見ると、本当にいろいろなことがありました。楽しいこともありました。現在福岡なんですが、一韓国ファンとして皆さんに情報発信をさせていただきます。


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2001年12月31日

クリスマスツリーはまだ健在

今年も終わり

 今年ももう今日で終わります。本当に月日のたつのは早いものだと実感しています。昨日、家族と一緒に食昼に行きました。その帰り、そこから、徒歩で約20分ぐらいの距離にある、永豊文庫へ向かいました。地下鉄や、バスを使っても良かったのですが、腹ごなしも兼ねて歩いていく事にしました。道の途中には、タップル公園があります。ここは日本と比較すると異様な風景です。年配の男性だけが多く集まっているからです。それは、日曜日に限ったわけではありません。平日でもそうです。そして、ここにはその老人男性をターゲットにした露店が並んでいます。焼酎や、ドムドム酒(濁り酒)を扱っている店。明らかに中古品とわかるような電化製品。中には、子供達が喜びそうな小間物も置いています。ある店で、妻と子供達4人が、露店の小間物を覗きこんでいるとそこの露店主らしき人が、さあ、子供は早く親のところに帰りなさいと言うんです。長女、長男、それに妻の体格がほとんど差がないこと、寒かったので、妻が帽子を深く被っていた事、それを見て店の主人は、子供達同士で来てと思って、きっとそう言ったのでしょう。それを聞いて私は、思わず笑ってしまいました。それと子供達がそれだけ成長したんだなと嬉しくも思いました。

 女性は、家にいてもいろいろすることがあるのでしょうが、男性の場合は、家では、居場所がないのでしょうか? こうした公園に集まってくるようです。若者が集まる新村を代表するようなところがある反面、こうした年配の方が集まる場所も韓国には結構あるんですね。


2001年12月30日

救世軍

韓国の救世軍

 韓国も日本と同じように年末になると救世軍が活動をはじめます。救世軍は、キリスト教プロテスタントの一派で、1865年、イギリスの W ブースによって創始されました。軍隊式組織により伝道・社会事業を行なっています。当然のことながら、服装も同じですし、なべも同じような形をしています。 

 韓国の場合、日本と違って、まだ、こじきをしている方がいます。 体に障害を持つ人、年配の人、もちろん若い人もいますが。 社会保障が十分ではない韓国では、こじきをせざるを得ないという面があるのも事実のようです。 韓国の方が、そのような人にお金を上げている風景を時々目にすることができます。

 わたしは、この救世軍には、毎年、お金を入れるようにしています。 なぜか自分で決めているんですね。 韓国の場合、日本と違い、貧富の差が激しいようです。 社会構造上の問題であり、私にはどうすることもできませんが、本当に少ないお金ではありますが、そのような方のために役立てばと思いつつ。


2001年12月29日

具だくさんのしゃぶしゃぶ

韓国のしゃぶしゃぶ

 韓国にもしゃぶしゃぶがあります。日本との違いは、お客は自分で、お湯の入った鍋に肉を入れることはないという点でしょうか。日本の辞書には、「薄く切った牛肉を、煮えたった鍋の湯にくぐらせる程度に煮て、たれをつけて食べる料理」と掲載されてありました。

 ちなみに韓国の辞書には、出ていませんでした。もちろん日本式のしゃぶしゃぶのお店に行けば、日本と同じような食べ方をしますが、韓国では、全部、店の人がしてくれます。今回、三星火災ビルの地下にあるユンミチップへ友人と昼食に行きました。

 ここは昼はいつもお客で満員です。野菜シャブシャブを注文。一人当たり、16000wですから、ちょっと(かなり)リッチな昼食です。最初に出し入りの鍋に従業員が、豆腐を入れます。しばらくしてそれを取り出し、ちょっと濃いめの醤油たらしてくれるので、それを食べます。それから、同じ鍋に野菜と肉を入れ煮込み、出来上がるとそれをお椀にもってくれます。醤油がベースの漬け汁と味噌がベースの漬け汁がありますので好みに合わせてつけて食べます。それを食べ終わる少し前ぐらいに日本のそうめんよりやや太目の麺を鍋に入れます。この麺は、日本のものと違い、煮込んでも伸びません。結構長い間、煮込んで、これも先ほどの椀にもってくれます。これは、ちょっとしたコース料理のような気がします。前菜の野菜から始まり、湯豆腐、野菜と肉を煮込んだもの、麺、最後に果物とスジョンガ(韓国のお茶)が出ますから。電話番号は、773-4402です。日曜は、休みです。


2001年12月28日

skビル前にて

仕事納め

 韓国では、新暦より旧暦の正月を祝うため31日まで仕事をするところが多いようです。当センターは、日本の機関ということで、本日で仕事は終わりです。と言いながらも原稿終わってないから自宅で書かなくてはならないとか、結構宿題がありますが、一応休みに入ります。

 韓国に来ている日本人はいつ休むのだろうと思われている方も多いと思いますので、ちょっと紹介します。 原則として、土日は、休みます。 原則と言うのは、私の場合、福岡県から来ている職員が私一人しかいないこともあり、平日は、電話や、来客に追われ、本来業務ができませんし、それに土日を利用して韓国を訪問する方や、イベントもあるので、ほとんど土曜日は休めません。 祝祭日は、韓国の祝祭日で休みます。 年末年始は、12月28日に仕事納め、1月4日が仕事始めです。 多分、単身赴任の方のためにこのようになっているのだと思います。 正月ぐらい、ゆっくり家族と日本で過ごしていいよというものでしょう。


2001年12月27日

ウエスティン朝鮮ホテルイルミネーション

言葉の力関係

 今日は、何語で話したんだろう。そんなことが時々あります。そういう時は、酒をのんでいるときが多いですね。 てっきり日本語で話したと思って、その人に電話をかけるとぜんぜん日本語がしゃべれないとかいうこともあります。 

 来客があり、最初は日本語ができるということで日本語で話していて途中で、韓国語に代わってしまうこともあります。 もちろん逆の場合もあります。 自然とそれも代わるんですね。 韓国で電話を受けるときは、日本語のもしもしに当たる「ヨボセヨ」を使います。相手が、韓国人の場合は、そのまま韓国語で話してくれますし、日本人であれば、日本語に代わりますし、受ける私としても日本語に代わります。 ところが、それが、英語となると話は別で、受けての私は、英語に代わらず、韓国語のまま話を続けるわけです。 今の私にとって、外国語=韓国語なので、日本語でない言葉は、すべて韓国語になってしまうようです。 

 日本語のできる韓国の人と話をしているとき、ふとしたきっかけで日本語から韓国語に代わります。 どういうときだろうかと考えてみると、相手が、日本語で詰まったとき、その時を境にお互い韓国語で話し始めることもありますし、相手が急に韓国語に代えるので韓国語に代わるということがあります。 当然、その逆もあるわけですが、私が思うにその人が持つ語学力というか、相対的な言葉の力関係が微妙に働いているような気がします。 より、コミュニケーションを取るためにどちらの言葉を選択するのかと自然に働く力ではないでしょうか。 


2001年12月26日

食べ放題

昼間なら1万w

 ここは、焼肉屋です(カルネスステーション)。 肉の食べ放題。 昼食時間であれば、2時間1万w(11時から16時まで)です。もちろん肉だけではありません。野菜、果物も豊富です。さすがに、そんなには、食べられないのですが。夜(16時から22時20分まで)になると税サ込みで約2万w(17900w+@)です。食べ放題に飲み放題がつきます。酒、生ビール、洋酒いろいろそろっています。 酒好きの私としては、ビールだけでも元は取りそうです。 結構、人気があるため予約が事前に必要との事でした。 場所は、地下鉄鐘路5街で下車、歩いて5分の距離にあります。 ただ、せっかく韓国にきたのだから、韓国風のお店に行きたいという方も多いと思いますので、次回は、韓国風のお店を紹介いたします。 予約電話番号は、765-1239です。


2001年12月25日

ソウル市庁前広場

今日は、クリスマス

 韓国では、クリスマスは休みです。釈迦誕生日も休みです。それだけ、クリスチャンと呼ばれる人が多いといえます。25パーセントはクリスチャンと言われています。教会では、キリスト生誕を祝う集まりをします。昨晩は、日本のように露天でケーキを売る姿が目に付きました。ケーキの習慣はどうやら日本からの影響のようです。

 クリスマスは、今では、世界的なイベントとなっているのは事実のようです。クリスマスは、「キリストが愛を表した」という意味になるということを聞いたことがあります。

 今年は、まだ、もう少し残っていますが、本当に戦争というか、争いが多かった年のような気がします。同じ人間同士なのに、なぜそう簡単に傷つけあうのかというのを考えさせられました。何かが狂ってきているというか、溜まってきたものが爆発したようにも見えました。

 このクリスマスで、多くの難民が死と背中合わせに生きています。そして、苦しんでいるのは、子供たちなんです。何か、ここソウルでは、別世界での出来事がいまだに続いていることを思うと、早く争い事がなくなることを願わざるを得ません。


2001年12月24日

4人兄弟

誕生会

 昨日は、長女の誕生会。私が、帰りが遅い事もあり、休みの日にあわせてホームパーティーをします。この時期は、長女の誕生日のほかに長男の誕生日、クリスマスと家庭でパーティーをする機会が結構あります。

 私にとっては、家族と一緒の食事は、久しぶりです。土曜日もだいたい仕事に出てますし、夜も飲み会や仕事の関係で、まともに帰っていないから、食事をいっしょにすると言うのは本当に1週間ぶりです。1週間見ないうちにみんな少し大きくなったような・・・

 誕生日には、リクエスト献立になります。誕生日の子供が食べたいものをリクエストするわけです。今回は、まぜご飯に、鳥のから揚げ、フライドポテト、それとリクエストに入っていなかったのですが、お吸い物。

 このから揚げとフライドポテトは定番のようで、他の子供の誕生日の時にもだいたい入っています。私が、ホープに行ってビールを飲むときも子供を誘うとついてきてくれる事が結構あります。それは、ホープで私が、子供達の好きなから揚げとフライドポテトを頼むからでしょう。

 食事を終え、ケーキを食べ、トランプゲームをして、今日のホームパーティは幕を閉じました。


2001年12月23日

進む作業

もうすぐクリスマス

 もうすぐクリスマスということで街道でライトアップの作業が始まりました。ロッテ百貨店や新世界百貨店は、12月初めからイルミネーションが始まりましたが、街道では、12月クリスマスを前にあちこちでこのような作業風景を見ることができます。クリスマスイブの明日からイルミネーションが始まるのでしょうか。楽しみです。

 ソウルの場合、イチョウの並木が多く、色々様変わりします。この並木もイチョウなのですが、春は、葉が少しずつ息吹き、初夏には、青々した葉に包まれ、秋には一面黄色に変わり、市民のみなさんが落ちてくる銀杏を集めます。つい1ヶ月前、葉がなくなり、枝だけになってしまいました。この木にイルミネーションで飾り付けをします。これで1年が終わるんだなと実感させてくれます。

 話しは変わりますが、ソウルとしても福岡県へ留学されたみなさんを対象にしたホームページを立ち上げました。留学経験のある方は、ぜひお立ち寄りください。当ホームページは、韓国語のみとなっています


 福岡留学生ネットワーク http://www.frn.or.kr/


2001年12月22日

左から辻さん、石川さん、中野さん

公務員の集まり

 久しぶりに韓国に駐在する公務員の集まりがありました。最初に1時間ほど情報交換。そのあとにセミナーその後、懇親会です。私は、せっかくソウルに駐在しているから韓国の人とできるだけ会うように努めています。そうは言いながらもこの集まりは、楽しい集まりのひとつです。特に地方に勤務している人たちは、なかなかソウルに来ることはないでしょうし、いい刺激にはなっているようです。

 各県の取り組み、韓国自治体でのいろいろな苦労談などに花が咲きます。今回この集まりは、最後で、帰国してしまう人もいますし、今回初めて参加する人もいます。いろいろな出会い、別れが集まるたびに繰り広げられるわけで、それはそれで楽しいものです。少なくともここで勤務するということは、将来的にも韓国とのかかわりがあるということで、また出会いがあるということなのですから。

 今回面白い出会いがありました。同じ年の同じ月生まれが3人いたということでした。自治体国際化協会の所長 石川さん、長崎県ソウル事務所長 辻さん、それに釜山へ派遣されている福岡市 中野さんです。韓国では、特に同じ年齢の人を大事にします。私もそうですが、私の親友2人(2人とも韓国人)は、私と同じ年です。何か、年が同じだということで共通意識をもち親しくなれるものです。


2001年12月21日

当時のままの西大門刑務所外壁

西大門刑務所歴史館

 ここは、日帝国時代の刑務所です。反日運動をする韓国人を収監し拷問し、極刑まで行った場所です。私は、今回2回目の訪問です。同じ人間なのになぜ、あんな残酷なことができるかいつも不思議に思っています。今回もそう思いました。人間は、本当に弱いからこそ逆に、人を苦しめ、人を殺すことまでするのだろうかとも思いました。

 私たち日本人にとって、特に、歴史に無頓着な私にとっては、もう昔のことだと思っていることが、韓国では今も生々しく受け継がれています。歴史教科書問題についてもこういった歴史を背負っている国だからこそ過敏にならざるを得なかったといえます。日本も原爆、戦争の歴史を背負っています。原爆、戦争についても記憶から薄れかかっている感があります。特に若い人はそうでしょう。やはり、そういった、戦争の悲惨さを私たちも考え、引き継いでいかなければならないと実感しました。

 死刑執行場は、壁で囲んであります。その壁の内側と外側にそれぞれ、同じ時期に木が植えられました。ところが大きさがぜんぜん違うのです。内側の木は、叫び声を聞きながら育ったので、大きくなれなかったという話でした。もっとも壁があったため光が十分当たらなかったということも原因でしょうが。

 今年は、テロ事件、アフガン戦争等が繰り広げられました。争いもなく、楽しく、人類が、生きていける時代がはやく訪れることを願いつつ。

 地下鉄3号線 独立門駅下車、西大門独立公園方面出口利用 電話363-9750


2001年12月20日

合唱団

定期演奏会

 ソウル市立精神遅滞人福祉館の青少年からなる合唱団の演奏会に行ってきました。この演奏会は、先日触れたソウル市立精神遅滞人福祉館の開設15周年記念記念事業にあわせて開催されたものです。

 会場は、地下鉄4号線、恵化駅から近いようにかかれているので地下鉄を利用することにしました。ところがとても歩いていける距離ではないことが途中でわかり、慌ててタクシーに乗りました。タクシーで8分ぐらいで会場であるソンギュンガン大学に到着しました。

 早速会場である小講堂を捜し求め、学生に尋ねたところそんなところはないとのこと、それでも、音楽をやるところだと聞くと、それならきっと小劇場だろうとのこと、そこを教えてもらい、やっとのことで会場へ到着。セレモニーが25分遅れて終え、早速、定期演奏会です。

 団員は約50人です。赤いブレザーで統一しています。決してお世辞にもうまいとはいえませんが、何か伝わるものを感じます。北九州市でも一度、合唱団が訪問し市民の方へ、披露したことがあります。私もこの合唱団の演奏会は、今回で3回目です。素朴な純真さを感じます。指導する方は結構大変なようで、先日、福祉館を訪問したときも根気よく指導を続けていました。この団への希望者は結構多いそうです。韓国での福祉は、日本と比べるとまだまだ遅れています。ただ、合唱団を作ったり、パソコンをいち早く取り入れたりと、いろいろな試みをしているのは確かです。また、やろうと決めた場合、すぐに実行してしまうという点も韓国ならではのような気がします。このような力強さが日本には欠けているのかもしれません。


2001年12月19日

感謝杯

感謝杯 

 北九州市の手をつなぐ育成会とソウルにある精神遅滞人福祉館が、姉妹提携をしてもう4年になります。それから、相互に行き来し、交流を深めています。その中継ぎをしているのが、当事務所になるわけです。実際に私が、駐在していた、95、6年ごろから話が出、何度も福祉館を訪問しました。現在も事務所として、育成会と福祉館との橋渡しをしているということで福祉館開館15周年記念ということで感謝杯を頂きました。

 他には、IBMとか旅行社が感謝杯を受け取りましたが、ソウルにある自治体事務所としては、当福岡県だけでした。このセレモニーで、日本を代表して、福祉館と姉妹校流をしている長崎の福祉施設の代表の方が挨拶をされたのですが、3分でという司会者の意向を無視して、10分を越える挨拶をされていました。挨拶されている本人も3分というのは聞いているが、あえて話したいと熱をこめて話をしていました。

 ただ、こういった行事では、なんと言うか、ルールがあって、たとえば、今回は、決められた時間内で話を終えるというのは、基本的なルールそれを本人も意識して無視するというのは、良くないと思いました。特に、日本を代表して話をするのは、この方しかいないわけで、その辺を自覚してほしいと思いました。

 セレモニーのあとには、福祉館の合唱団の定期演奏会が開催されました。演奏会については、後日報告させていただきます。このような、感謝杯、今まで、受けたことがありませんでした。事務所の存在価値を認めてもらったような気がし、私の方が感謝で一杯です。


2001年12月18日

サムギョプサルをつまみにマガモを飲む 右は、気さくなオーナー

マガモを飲む

 懐かしい、友人からの誘いで一緒に飲みに行くことになりました。向って左の男性は、今年の2月までJNTOに勤務していた崔さん。90年からずっとJNTOで大分県の観光PRの仕事をしていました。2月にJNTOをやめ、東京の会社に勤務し、そこも2ヶ月ほど前にやめ、「起雄」という会社を始めました。これから、PRとあいさつ回りをするがまず、一緒に飲みたいと誘われ、彼の友人と大分県の職員それに私の4人で一緒に飲むことになりました。この会社は、日韓交流のための企画をする会社です。10年間の経験と彼の人柄で仕事は入るとは思いますが、私もそんなに知らないのですが、日本語の先生とか、コーディネーターを紹介しました。

 韓国の仕事をしているとこんな口コミとか、ちょっとしたきっかけが多いような気がします。隣に座ってたまたま話したことがきっかけになった人もいれば、異業種交流で熱心に話をしている姿が気に入ったとか。私の場合は、特にこんなことが多いような気がします。ただ、せっかくだからとこういう人を紹介はしますが、そう簡単に引継ぎができないというのも事実のようですが。

 さて、今回は、プルヒャンギという店を訪問しました。聞いたことがあるという方も多いと思いますが、野菜料理の有名な店とは違う店です。仁寺洞にある小さな店で、全部入っても28人程度の店です。4人用の個室が、2つあとは、広めの部屋が1つあります。昔の家具が置かれたオンドル部屋は、雰囲気があります。そこで美味しい酒をということで頼んだ酒が、マガモ。友人いわく、高い酒だから、味わって飲むように。きゅうす一杯で4万wとのこと。瓶入りの焼酎が3千wですからいかに高いかわかると思います。高い美味しいという先入観があるのかもしれませんが、フルーティーでさわやかな味がしました。度数的には、日本酒とそんなに変わらないようでした。豚バラをつまみに飲んだのですが、少し油分の多い豚バラなのですが、これがこの酒に良く合いました。

 この酒は、江原道の酒で、3年間以上漬け込む必要があるそうです。肝臓病、心臓病に効果があるということで、健康志向の強い韓国の方にはうってつけの酒なのでしょう。ただ、高いので、この酒の次は、例の焼酎にかえました。ここの店主も愛想のいい方でした。お酒好きの方一度、ご賞味ください。場所は、仁寺洞鐘路警察署横 電話738−3629


2001年12月17日

日本語標記の観光ルート

ソウルシティツアー

 ソウル市内を走るソウルシティーツアーバスに先日、乗ってきました。このバスは、昨年からスタートしているのですが、デイコース(午前9時から午後6時)5000wとナイトコース(午後6時から午後10時)それぞれ5000wのコースがあります。いずれもその時間内であれば乗り降り自由です。これとは別に1日券というのがあります。これは、午前9時から午後10時までで、8000wとなっています。団体、子供については、割引きがあるとのことでした。

 その日は、とても寒く市内観光をということで、このシティーバスに搭乗しました。バス停は、ソウル市内(川をはさんで北のみ)28ヶ所あります。私たちは、ロッテホテルから乗り込みました。シートはゆっくりしています。英語と日本語の話せる添乗員が1名搭乗しています。その時乗っていたのは、6人〜10人程度(乗り降りがあるので)だったこともあり、いろいろ親切に話し掛けてくれました。大体30分おきにバスは巡回しているとのことなので、バスを降り見学し、また乗り込むというのがいいと思います。

 ただ、その日はとても寒く、市内を歩き回ろうなんて気がなかったものですから結局、地図を片手に市内をバスの中から見学です。2時間30分のコースでした。

 最初このツアーが始まったころは、外国人よりも地方からソウルに遊びに来る韓国の方の利用が多かったと聞いていたのですが、今回は、ほとんどが外国人でした。欧米系の方、台湾の方、それに日本人。将来的には、江南の方までルートを延ばしたいと話が出ていました。

 実は、私は、東京の鳩バスに乗ったことがないのですが、価格的には、こちらがはるかに安い値段で、楽しめるようです。一度ご利用ください。パンフレット等は、最寄の観光公社案内所にあります。チケットは、バスの中で販売です。


2001年12月16日

焦げ付きません

水原のカルビー

 水原で夕食を取る機会がありました。韓国でも水原カルビーは、美味しいということで有名です。水原カルビーの特長は、肉幅があることだと話してくれました。この店は、ホテル石山のすぐ裏手にある、ホテルお勧めの店です。

 全部の店がそのようにしているわけではないとのことでしたが、ここでの網はアイデアものでした。焦げ付かない、食べるスピードにあわせてゆっくり焼きあがるんです。こげることもないから、網を換える必要もありません。肉も柔らかく、量も多く満足しました。

 この網の秘密は、網の両端の太いところに水が入っているんです。その水は、パイプ状の網の中にも入っています。熱くなっても100℃までですから、焦げ付くことがないのです。

 それともうひとつの工夫は、網の真中部分は、周りより、低い位置にあります。真中には、炭火はなく、周りだけにあります。このため、焼けた肉は、火の気のない、真中に集めます。ちょっとした工夫で肉を美味しく食べることができます。皆さんも一度お試しください。


2001年12月15日

これがモクサル

あっさりしたモクサル

 皆さん韓国で、豚料理というとどんな料理を思い浮かべますか?一番、ポピュラーなのがサムギョプサルでしょう。これは、豚の三枚肉を焼肉として食べるものです。焼き鳥の豚バラが好きな方はきっと気に入ることでしょう。それから、テジカルビー。これは、豚肉を、薬味の中に入れておきそれを焼いて食べるものです。これも美味しいと思います。

 今回紹介するのは、モクサルという焼肉です。これは、豚の首の部分の肉を焼いたものです。油気があまりなくあっさりといった表現がぴったりのようです。

 この店は、麻浦チョデッポという店で、今回訪問したのは、地下鉄2号線弘大入口下車、5番出口から、歩いて5分ほどのところにあるものです。

 実は、友人が、コーディネーターの仕事をしていて、この店を取材するので事前に調査するからというので同行したものです。私が、デジタルカメラで写真をたくさん撮るものだから、きっとカメラマンと勘違いしたんじゃないでしょうか。結構サービスもしてもらいました。モクサルは、一度食べてみるといいのかと思います。ただ、残念なことに、店が移転して1週間ほど経ったということなんですが、あまりにもきれい過ぎて、それがちょっと・・・ やはり、焼肉屋は、少々汚い方がおいしい気がするのですが。

電話番号は、323-5055です。


2001年12月14日

雰囲気のいい店内

待ち合わせにいかが

 ファイナンスビルが完成したのは、昨年です。このビルは、昔、私が、プレスセンターに事務所があるころから工事が進んでいました。私の前任のころから工事が始まったり、止まったりと・・・ 約10年ぐらいの歳月が掛っています。当初は、ホテルということでしたが、最終的には、オフィスビルとしてオープンしました。そのためオフィスビルとしては、少々、違和感があることは否めませんが、逆にその分おしゃれなビルであるといえます。

 このビルは、プレスセンターの横、コーロンビルの隣に位置します。お勧めは、地下にあるコーヒーショップでしょう。当然地下ですから窓はありません。その分内装で、雰囲気を出しています。おしゃれなコーヒーショップ、もちろんアルコールも出ます。ただ、税サービスが掛る分、やや高めだということは否めませんが。

 このコーヒーショップを出て、1階の出口を出ると、屋台が数軒あり、そのアンバランスさが、韓国的でいいなと思ったりもします。


2001年12月13日

願書販売コーナー

この時期になると思うこと

 修能試験(日本センター試験)も終わり、この時期になると受験生が、本屋に特設された願書販売所で願書を購入します。昨年より、問題が難しかったということで、平均点数がかなり下がったとのことでした。

 合格グッズも韓国では、いろいろ工夫を凝らしたものがありますが、やはり、主流は、飴のようです。くっつくという意味があるそうです。韓国の高校生は、弁当を2つ持って、遅くまで図書館で勉強するそうです。塾通いで、いつも遅くまで自宅に帰れない学生も多いと聞きました。

 まだ、幼い子供にいろいろ習い事をさせたりというのが主流のようですし、教育環境のいい江南地区に引越しを考えている友人もいます。韓国での教育熱は、日本よりもすごいような気もします。

 自分の子供のころを考えてみたら、習い事といえばそろばんだけ、後は、毎日、友達と遊んだ思い出とクラブ活動をした思い出しかありません。何か、韓国の子供がかわいそうに思えてきました。


2001年12月12日

職場の加湿器

 

職場の必需品加湿器

 冷暖房完備、それで冬場、職場・・・正確には、自宅にもですが、登場するものは、何だと思われますか、それは、加湿器なんです。韓国の冬は日本に比べてとても乾燥しますから、必要なんですね。私が、最初に赴任した冬、自宅にはないものですから、それに、龍山電子商街のことも良く知らなかったこともあり、買い物は、ロッテだということで、家族一緒にロッテにこの加湿器を買いに行きました。

 行ったまではいいのですが、展示していないのです。仕方なく、店員に尋ねなければならないのですが、加湿器という言葉を当時知らなくて、なんと言って説明しようかと散々考えた挙句、霧を作る機械はあるかと聞いたんです。霧と言う言葉をなぜ知っていたかと言うと、「カスミソウ」のことを「霧の花」と言うのを覚えていたからです。それが通じて一応、加湿器を自宅で使うようになりました。ちなみに韓国語では、「カスッキ」といいます。

 今も職場の加湿器を見るたびにそのころのことを思い出し、一人で苦笑しています。


2001年12月11日

韓国観光公社の友人

韓国観光公社の食堂

 友人が韓国観光公社に勤めています。久しぶりに食事(昼食)をしようということで、私の方から韓国観光公社へ出向きました。出向くと言うと大げさですね。うちのビルのまん前にありますから、歩いて、3分といったところでしょうか。

 今日は、韓国観光公社の中にある食堂で食べることになりました。この手の食堂は、外部の人が利用できないことが多いので、尋ねて見ると、景気が悪くなって、これまで韓国観光公社が直で経営していたものを民間へアウトソーシングしたそうです。それで、今では、外部の人も自由に利用できるそうでした。19階に食堂があります。食券制度になっていますので、ここで買わなければなりません。ただ、観光公社の職員には、1ヶ月、一定の食券が支給されるそうです。料理の種類は、1種類だけです。今日は、へージャンクッ、いなりを甘辛く煮たもの、それにのり、ごはんでした。テーブルには、それぞれキムチがおいてありました。これで、3000wです。そこそこおいしく食べれました。

 今の若い人は、この手の食事を嫌がるそうです。食器が、金属製で、1枚のトレーになっているのですが、これは、軍隊でも同じ方式なので、軍隊生活を思い出すからだと言うのです。せっかく、軍役を終え、社会人になったのだから、ちゃんとした食器で食事をしたいというのでしょう。

 でも、この料理でこの価格は魅力です。そういえば、プレスセンターに事務所があるころそのビルの下にもこのような食堂があったのですが、友人がそこを人民食堂と言っていたことを思い出しました。皆さんも一度お試しください。ちなみにアルコール類はおいてありません。それと、営業時間が、11時20分からということでしたので、できれば、12時前には、行く方がこまないと思います。


2001年12月10日

国税庁からの夜景

国税庁からの夜景

 若い人がこんなにたむろしているとは。デートコースとしてお勧めです。ここは、国税庁33階のラウンジです。本当は、窓際がいいんですが、なかなか窓際の席は、競争率が高くて、座れないようです。でも、窓際が取れなくても大丈夫です。ここでは、ライブショーもやっているからです。

 ただ、高さが、高いだけあり、全般的に値段の方も高かったですね。ちなみに、生ビールが、普通、500ccで、1500w〜2500wなんですが、ここではなんと7500wします。7500wというと、私が行く店では、2000ccのピッチャーがひとつきますからね。決して、ここで、ビールをおなかいっぱい飲もうと思ってくるような人とは一緒に来るべきではないでしょうね。

 ライブもそれなりに雰囲気もありますし、たまには、いいのかもしれません。ここに限らず、63ビルもやや高かったような気がします。それと、63ビルの方が、バーでしたので、やや雰囲気は、暗めでした。少し明るめで、夜景と、ライブを楽しむか、ちょっと暗めで、夜景とおしゃべりを楽しむかの選択でしょうか。


2001年12月9日

寒さにもめげず

この時期、ミニスカート

 写真を見ていただくとわかるのですが、風船の塊の横にミニスカートの女性が見えると思います。写真では一人しか見えませんが、実は、2人います。この時期、ミニスカートは普通はきません。実は、この日、ホープチップ(生ビール屋)のオープンだったんです。そのオープン記念として、この2人は、踊って、ノベルティーグッズのライターを配っていたのです。私もタバコを吸いませんが、思わず、受け取ってしまいました。こういったアトラクションはこの店に限ったわけではありません。他の店でも同様な、催しをします。イベント派遣会社があるようです。このミニスカートの女性のほかには、ピエロもあります。ピエロの服装をした人が、風船とチラシを配るのです。

 みなさんも想像がつくかと思いますが、一般的に大人向けの店(ホープ、コーヒーショップ等)は、ミニの女性が担当し、子供も対象に含まれるような店(理髪店等)は、ピエロが担当するようです。

 このミニスカートの女性の前をリヤカーがとおったので思わず、写真をとりましたこのアンバランスが面白いと思って。


2001年12月8日

韓国は、いま

韓国は、いま

 何の話だと思われ方も多いでしょう。今さら、こんな話をこんな日記の中でするのかなんてと思われ方も多いと思います。実は、これは、ソウル駐在商社マンが見た韓国の本なんです。

 今度新しく出版されました。日本語です。韓国語版もしばらくすれば販売されるそうです。今日、入手したばかりなので、全部読んだわけではないのですが、内容としては、ソウルに駐在をしていると「ああ、そういうこともあるな」という見方ができますが、多分、日本にいればなかなか伝わらない内容ではないかと思います。

 さすが商社マンの視点です。実は、この本は、私の隣に座っている丸紅から出向でジェトロの投資アドバイザーとして勤務している小林さんからいただいたものなのです。小林さんは、韓国駐在通算15年の大ベテランなのですが、この本を作るにあたっていろいろ助言をされていました。この本の中には、直接名前は出てきませんが、影の功労者としてご紹介させていただきます。ちなみにダイヤモンド社から出版されています。価格は1500円です。ご興味のある方は、ぜひお読みください。


2001年12月7日

 

これがチムタック

チムタック

 1年程前から、ソウルではやっています。チムと言うのは蒸すとか、煮るという意味で、タックというのは、鶏を意味します。鶏の煮込みということになります。味付けは、コチュジャンはまったく使いません。青色の唐辛子だけ使います。あっさりしていて、適当に辛いんですね。鶏のほかには、人参、かぼちゃ、玉ねぎ、春雨が入っています。狂牛病などもあり、韓国でも鶏料理に人気が集まっています。鶏料理というと以前紹介したことのある参鶏湯(さんげたん)や、タッカルビー(鶏の焼肉)がありますが、あっさりした辛さが受けたのか、女性に人気です。ビールよりも、焼酎が合います。他のテーブルを見るとみんなそうなんです。ビールを飲んでいる人はいません。女性もみな焼酎です。

 もともと慶尚道の田舎料理だったものに目をつけ、この料理だけで、チェーン店ができるまでになったそうです。秘訣はやはり、このたれにあるようです。

 特徴は、大き目のさらに多めに料理を盛ることにあるようです。キムチは、水キムチのみでした。この店はチェーン店なのですが、他にもこの料理を専門としている店は増えています。実は、私の知人もこの店を近々にオープンすることにしているとのことでした。オープンしたら、宣伝も兼ねてこのホームページに登場してもらいましょう。


2001年12月6日

ビル内部からの外側の眺め

永豊ビルロビー模様替え

 12月に入り、永豊ビルロビーも模様替えです。これまで、ここには、大きな鉢植えのサボテンがあり、目を引いていました。今月から一転して、この鉢植えに変わりました。この花が、生花か、造花かきになるところではありませんか。遠くから見るとわかりませんが、近づくとそれが生花だという事がわかります。友人は、わざわざ確認の意味で触ってきたと言っていました。出入口には、クリスマスを象徴する飾りつけもされました。

 韓国の場合、クリスマスシーズンが終わってもその飾りつけはしばらく、そのままにしておきます。日本のように、クリスマスの翌日には、きれいに撤去し、正月用の飾り付けをするのとは対照的です。ファジーと言うか、適当です。でも、考えてみると、いろいろお金をかけて飾り付けをしたのに、短い期間ではずしてしまうのは、もったいないという気もしますから韓国スタイルが、いいんじゃないかと思っています。

 挨拶状もそうです。年末の挨拶状を韓国でも書きます。年末と言うと正確ではないですね。クリスマスと新年の挨拶状です。グリーティングカードというものです。これもファジーです。クリスマスぐらいまででもいいし、新年まででもいいんです。何か韓国のゆとりのようなものを感じています。


2001年12月5日

左から3人が案内員の皆さん

水原駅前の観光案内所

 水原駅前の観光案内所では、日本語で案内をしてくれます。大体の観光地は外国語対応、特に観光客の多い、日本語を話す案内員は多いようです。この日も、以前訪問したことがあるから、挨拶に寄りたいとこの観光案内所に同行しました。

 とても人懐こいちょっと年配の女性2人と、若い女性1人がそこに詰めていました。流暢な日本語で、いろいろ説明をしてくれました。お茶のサービスもしてもらいました。当日は、雨が降っていることもあり、ここを訪れる人は多くないとのことでしたが、この段階(早朝)で、30人以上が記帳していました。少なくとも年配の方2人は、ボランティアでしていると言う話でした。韓国ではこのような観光ボランティアの方が多いようです。せっかく日本語が話せるからという発想のようですが、やはり、人と会うことが好きでなければ続かないようです。

 以前も光州市で開催された光州ビエンナーレでもボランティア通訳の方が活躍していました。通訳はしてもらってはいないのですが、いろいろ話をしたのを覚えています。内容的にたいした話はしていないような気がしますが、ものすごく親しみを感じました。このように感じるのは私だけではなく、今回同行した方も別に観光案内所で何を聞くわけではなく、ちょっと挨拶にといった感じで立ち寄ったのですから。このように活躍されている方のおかげで、韓国に親しみを持っている人も増えてくることでしょう。

 日本の場合は、韓国と比べるとその辺のボランティアは少ないでしょうね。もちろん英語を話せる人は結構いるでしょうが、韓国語となるとどのくらいいるでしょう。せっかくワールドカップが、日韓共同開催ですので、これを機会にもっとたくさんの人が、韓国語を勉強するといいのにと感じました。


2001年12月4日

きれいに整備された城壁

世界文化遺産「華城」

 ここは、1796年9月に完工されました。4つの門がある城壁です。場所は、ソウル近郊にある京畿道庁所在地の水原市にあります。水原市は、人口90万の都市です。きれいに整備されています。結構、山城であり、坂も多いのですが、散策コースにはもってこいでしょう。一気に行こうと思えば3時間30分かかりますが、1時間20分ずつ2回に分けて、全部を回りました。結構いい運動です。

 ここ華城は、昌徳宮とともに仏国寺、石窟庵、海印寺の八万大蔵経板などの後に1997年12月に世界文化遺産として指定されました。

 ぱっと見るとミニ版万里の長城といった感じではないでしょうか。といいながらも私は、まだ、万里の長城には行ったことはないのですが。都会の街の風景とマッチしていて、景色を見ながら、回るのはいいものです。塀沿いに行けばいいのですから、迷うこともありません。ただ、残念ながら、立派な門はありますが、これといった、建築物がないことでしょうか。皆さんもソウル近郊にあるこの世界文化遺産「華城」を訪問ください。


2001年12月3日

店頭に並ぶヒーター

龍山電子商街へ行って来ました

 実は、先週も行ってきたのですが、今日もここ電子商街へ行ってきました。一番の目的は、妻が利用するデジタルカメラを購入するためです。私が使っているカメラは、職場のカメラで、ホームページに大喝していますので、自宅用としてもう1台必要ということでこちらにやってきました。ソウル在住の人であれば、家電といえば、みなここを訪ねてきます。

 3年ほど前、輸入多角化品目といって、日本からの輸入を禁止する制度があったのですが、それも撤廃され、その頃制限されていた日本製のデジタルカメラや、ビデオなどをソウルで買うことができます。ただ、日本で買うよりは、割高でした。日本からの輸入ですからしかたありませんが。子供達も日本で発売されたゲームがどうしても欲しいという事でとうとう買いました。少々割高でも日本のお客さんに頼むと結構荷物になりますから、自分で買うのが気楽かなと思いながら。

 ここは、自宅から、バスで、20分ぐらいのところにあります。今回は、バスがこなかった事もあり、タクシーで行きました。3000wですから、バスを使っても2000wはかかりますから、タクシーを使ってもそんなに負担感はありません。いつもの事ですが、お客さんで活気にあふれていました。ここでは、値段があまり表示してありませんので、店員にいちいち尋ねなければなりません。同じものでも店によって値段が違います。根気良くまわる必要があります。そう言う意味では、言葉がある程度できないと辛いかもしれません。

 今回目に付いたのは、扇風機の形をしたヒーターでした。実は、今年の夏、ここで、扇風機を買ったのですが・・・ あれ、まだ扇風機を売っているなと思って良く見るとヒーターだったというわけです。さすがに扇風機は売っていません。かわって、このヒーターと加湿器が目に付きました。韓国での季節商品でしょう。日本と違うのは、コタツを売っていない事でしょうか。


2001年12月2日

ロッテコーヒーショップ

ロッテコーヒーショップ

 ここは、ロッテのコーヒーショップです。ホテルのコーヒーショップですからそんなに安くはありません。でも、わかりやすい事もあり、ここで待ち合わせをする事が多いですね。人工の池や、滝もありますし、ピアノなどの演奏もあります。ちょっとリッチな気持ちにさせてくれます。特に今は、ホテルの改装工事が行われており、ロビーでの待ち合わせがちょっと難しい状況だという事もありますが。あと、私がよく使うコーヒーショップは、明洞にある、ロイヤルホテルでしょうか。

 たまに、お見合いみたいな事もここであってます。もちろんここで待ち合わせて、他の場所に移動という事なのでしょうが、これから、どこを回ろうかという時には、ここで、地図をひろげ、予定を決めるのもいいのかもしれません。明洞も近いし、食堂街も近くにあります。まあ、時間が許せば、ここで、ゆっくり音楽を聞きながら本でも読んで過ごせるといいのでしょうが。まだ、先の話ですが、日本へ帰国して、ソウルに遊びに来た時、ゆっくり、ここですごすのが、私の夢の一つであります。


2001年12月1日

主催者挨拶

光州市投資説明会

 光州市投資説明会がロッテホテルで開催されました。ソウル在住の外資系企業が対象ということで英語圏の人が目に付きました。今回もまた、日本人は私だけなのかなと思っていたところ、クレアの職員が1名来ていました。たまたま、日系企業と産業資源部長官との昼食会が、同じ時間、同じホテルで開催されていたため、日系企業は、誰もきてないようでした。私も光州市の職員から頼まれた事もあり出席しました。

 まず、主催者を代表して市長挨拶、それから、45分ぐらいかけて昼食、それから、50分ほどプレゼンテーションが行われました。挨拶は、ハングルだったんですが、後は、全て、英語なんですね。まあ、ビジネスだし、欧米系が多いから仕方ないとは思うのですが、あらかじめ伝えてほしいよなと思った次第です。

 日本人だからかもしれないけど少なくとも昼食はご馳走になったわけだからそんなに長い時間ではないのだから最後まで、聞いて帰えれば良いのにと思うのですが、途中で中座する人が結構多いいんですね。韓国の方も数人いたけど、やはり、欧米系の人が圧倒的でしたね。タイムイズマネーなのでしょう。あんなにはっきり意思表示できるのはすばらしい事だと思う反面、自分にはきっとできないだろうと思いました。言うまでもなく今回も最後まで聞いていました。


       
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