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○○韓国雑感 韓国は楽しい○○
  

 元福岡県ソウル駐在員の山下です(現在、県国際交流課在職)。韓国に住んで見ると、本当にいろいろなことがありました。楽しいこともありました。現在福岡なんですが、一韓国ファンとして皆さんに情報発信をさせていただきます。


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2003年9月30日

明洞の風景

明洞というと・・・

 明洞というと皆さんのイメージとしては、ショッピングスポットとしてのイメージが強いではないでしょうか。ただ色々歩いてみると、結構それだけではないんだということを感じさせられます。私の場合、まず、明洞で思い出すのが、明洞聖堂です。労働組合の幹部が最後に逃げ込むのがここなんですね。そしてその前にあるロイヤルホテル。このホテルは、明洞でストとかデモが行われるときにいつも被害を受けるホテルといえるでしょう。昔、デモが終わって、このホテルに来客者と一緒に来たのですが、催涙弾のガスが、まだ残っていて、すぐにホテルを出たことを覚えています。

 それから行きつけの店、また、来客者を良く案内した明洞衣料、その近くの民族料理の店等々ですね。それから意外と思われるかもしれませんが、華僑のための学校がここにあるんです。世界で華僑が住みにくい国のひとつがここ韓国だといわれていますが、ちゃんと華僑のための学校はあります。ちなみに規制緩和をしており、昔に比べ住みやすくなったようです。

 明るいモダンな店や、昔ながらのつくりの店・・・ 色々な顔を持った地域、それが明洞といえるでしょう。それはそうとダイエーが優勝を決めました。やっとといった感はしますが、選手の皆さんお疲れ様でした。応援の方もやきもきして疲れたことでしょう。仕事がたまっていたこともあり、9時30分過ぎまで仕事をし、それから同僚と軽く飲もうということで飲みに出ました。例の優勝したら生ビール100円の店です。

 時間も遅かったということもあるのでしょうが、思ったほどお客は入っていませんでした。生ビールを早速注文し、つまみは、焼き鳥3本、結構飲みましたが、一人1000円ちょっとでした。十分満足できる値段です。それからうれしかったのは、HPを見てきたという客が居たということでした。私のHPかどうかは定かではありませんが・・・ 店の方からお礼を言われてしまいました。もちろん悪い気はしませんよね。9月も今日で終わり。明日から10月か・・・ 当たり前の話ですね。


2003年9月29日

ロッテホテル周辺

秋祭りといえば、豚の丸焼き・・・

 ソウル品インに限ったことではないのでしょうが、あちこちで、秋祭りが開催されています。収穫の秋ということでしょうか。ここロッテ近くの武橋・田洞の商店街でも秋祭りが開催されています。秋空もきれいに澄み渡り、すがすがしい限りです。写真上右は、昔、私が勤務していた永豊ビルと国税庁の建物です。結構、お気に入りで、必ず、何枚かとっています。同じ写真でも天気によって、その姿が違って見えます。曇っていれば曇っているときで晴れているときは晴れでそれぞれ趣があります。

 秋祭りといえば、ステージを作りそこで歌合戦が開催されます。韓国の方は、声が大きくて、歌に力を感じます。それと豚の丸焼きでしょう。これを見るといつも秋祭りを連想します。写真上から2番目の右が、豚を焼く器具、3番目左が豚肉ですね。この肉は早めに食べましょう。というのが、時間がたって、長い間焼き続けると油分が落ちてしまいうまみにかけるからです。肉だけを食べるのではなく、韓国の焼酎と一緒だと最高です。

 写真一番下の左はロッテホテルなんですが、そこの横にちょっとした池というか、庭園があります(写真右)。そのせせらぎも秋を感じさせてくれます。広場の野外レストランはもう終わってました。ちょっと残念。同じせせらぎなのに、夏の時期と違って見えます。気持ちのせいかもしれませんが。こうして、韓国の秋は、だんだん深まっていくのです。


2003年9月28日

国税庁付近で食事をし、明洞へ移動

明洞は夜遅くまで人でにぎわいます

 仁寺洞とはちょっと風景が違います。やはり若い人が多いような気がします。夜になると屋台で、雑貨や、CD等の販売が始まります。昔は、テープ専用だったのですが、ちかごろは、CDにだいぶ移行しているようです。屋台で売っている最新歌謡は、まだ、複写したものです。丁寧に外のラベルも印刷してありますが、中を見ると一目瞭然です。

 韓国にもくるくる寿司があります。世宗文化会館で、できた当初食事を珍しいこともあり、食事をしました。そのときの印象がいまだにあるのですが、回転スピードが日本に比べるとずいぶん早いなということでした。今回、国税庁近くに行ったところ、そんなに早くないんですね。ご主人らしき人が握り、奥様らしい方が、その他の仕事を担当していました。ねたは、皿の形によって値段が違います。1000wは、丸い形、3000wは、船の形をしたもの、手巻き寿司は、2個で2000wでした。

 お茶は熱いお茶を飲むというのではなく、冷たい水が、寿司と一緒にポットに入って回ってきます。そこでは、軽く食べ、すぐ横の民族酒店へ入りました。民族酒を飲もうという話になったからです。韓国語の発音がちょっと違うなと思って、店の人にきいてみると、やはり、朝鮮族とのこと。中国からの出稼ぎなんですね。

 50歳酒も市民権を得ており、ポスターにも百歳酒のポスターにきちんと50歳酒と書いてあるんですね。百歳酒と焼酎と混ぜて飲むのですから、酒にしろ焼酎にしろ売れるというわけでしょうから。それから明洞へ移動です。露店に人は集まっていました。おしゃれなお店はがらがらでした。日本だったらきっと高いから入れないよなと思いつつ、軽く飲んで、ホテルへ。

 一番上の右の写真の左端にハングルで「おどり」と書いてあるんですが、ちなみにえびのおどり食いだそうで、日本語がそのまま残っているんですね。ちょっと笑ってしまいました。


2003年9月27日

仁寺洞のオブジェたち、夕焼けも芸術的
ただ、芸術はわかりにくい・・・ 心に感じる
こうでなくてはいけないというものはないのです
から

《ここからは、福岡の写真です》

先日も表の写真だけ紹介したことがある
「おもや」このちょうちんと赤暖簾に誘われ・・・
ちょっと?一杯
ダイエーが買った次の日は、生ビール半額。

息抜きに軽く飲んで・・・

 仁寺洞の写真は、今回は、これで終わることにします。あと、まだたくさん写真とってますので、追って紹介させていただきます。今回は、お店の紹介をします。職場の人と、仕事が終わってのみに行く店のひとつにここ「おもや」があります。多分、利用者の大半は、県庁職員と県警職員でしょう。

 なんと言っても職場から近いということがあります。近いということは、自宅がどの方向であってもみんなに影響を与えないということです。遅い時間まで仕事をしてそれからですから、結構、重要な要素といえるでしょう。それとこの店のいいところは、ダイエーが勝てば次の日、生ビールが半額になることです。

 写真を見てもらうとわかりますが、入り口のマットが、ダイエーのものだというのがわかると思います。もっともダイエーが負ければ発泡酒に変えるだけですが。ダイエーが勝とうが負けようが関係なく飲みに行くわけです。この店の看板娘は、学生さんで一生懸命働いていました。私は豚バラが好きなのでどの店でも頼むのですが、この近くでは、吉塚駅の横にある駅亭の豚バラが一番おいしいと思いますが、ここのもそこそこおいしいと思います。

 このお知らせをなぜ早くしなくてはと思ったかというと、ダイエーが優勝を決めて3日間は、生ビールが100円になるというからです。皆さん是非、一度お使いください。場所は、県警前の日蓮銅像のある敷地内です。すぐにわかると思います。


2003年9月26日

仁寺洞のイベント、飴を機械でこねている、細い路地を入るとまた別風景

仁寺洞の魅力その2

 道を一つ入ると細い路地に、韓国伝統のお店が並んでいます。こんなによく並ぶものだと感心させられます。もちろん外国からのお客も多いのですが、韓国の人も多いようです。それだけ、ソウルの人の生活に密着しているのでしょう。それと、韓国の場合、中国のような外国人猟奇がないというのも嬉ですね。

 ちゃんと料金表があり、その通りの値段ですから。当たり前といえば当たり前のことですが。ただ、その当たり前のことがうれしいですね。ここでは、露店でいろいろなものが売られています。昔ながらのかぼちゃの飴も昔ながら、はさみ等を使ってパフォーマンスして売っているところもあるのですが、逆に機械を使って飴を練っているとこも現れました。時の流れでしょうか。

 上の写真なんですが・・・ ただ問題なのは、人通りも多く、ほこりもけっこうしているのに、その中で、何の覆いもなく飴をこねているんですね。そういいつつ、私も味見をしました。何の抵抗もなく。結構、なじんでいるからですね。こちらの生活に。逆に日本人は、衛生過ぎて、ちょっとした雑菌でもおなかを壊したりするのかもしれません。


2003年9月25日

仁寺洞風景 上から歩行者天国を知らせる看
板、そこを歩く人たち、実演販売は効果的、
形がユニークな指圧器、その横は、幸福の鐘
片隅にあった本を読んでいるブロンズ像

仁寺洞の魅力

 仁寺洞は、改修工事を行い芸術の街というか、伝統的なものを色々見ることができる街であると共に、パフォーマンスを見ることができる町だと思います。広い通りから、足を伸ばし、細い路地に足を踏み込むと本当に迷路のようです。よくまあ、こんな細いところにと感心しさせられたりします。今回は、人通りの多い、広い通りの写真です。

 普通だったら買わないようなものもここで見ると何か魅力的に見えて、買ってしまうことがあります。衝動買いでしょうかね。思わず私もユニークな形の指圧器を買おうかと思いました。重たい、パソコンのおかげで、肩が痛いのですが、そのときがピークだったこともあります。ところどころ、オブジェがおいてあります。結構、目の保養になりますし・・・

 明洞は、どちらかというと若い人の町ですが、ここは、落ち着いた感じがし、ホッとします。骨董品も買いはしませんが、見るのもいいものです。昔のものの温かみが伝わってくるから出そうでしょうか。しゃれた、イタメシの店も登場してますが、それほど違和感がありません。それが、この仁寺洞の魅力なのかもしれません。


2003年9月24日

いたるところで工事が進んでいました。やはり、この建物は、ユニークですよね。

こんな出会いって結構あるもんです

 飛行機に乗り、ソウルへ向かったのですが、行きがけの飛行機の中で、韓国テクノマート(大田市にある)の会長と偶然に機内で会いました。この会長は、本当に日韓のことを考えている方で、日本へ人材派遣を始め、色々な事業をしています。その関係で、私もよくこれまで会っていました。日本でも韓国でも・・・ たまたま、私の前に座っていたんですね。前に座っているだけだったら気がつかなかったのですが、会長が、ちょっと席を立ったときに目が合ったというか、それで気がついたわけですが。

 それから、市内についたのですが、そのときも日系企業に勤めていた人と偶然に会ったんですね。まあ、ソウルには知り合いが多いから、確率からして色々会う機会も多いといってしまえばそれまでですが、会わない人とは、会わないんです。当たり前のことですが。そんな何か、見えない力というのを感じるというのを時々話すことがありますが、まさに今回もそんな感じです。

 縁がある人とは、その人が望もうとそうでなくても会うものなんですね。不思議な感じがします。こんな出会いが増えることを期待して、います。今日から、日本で仕事です。ただ、写真は、韓国の写真をしばらく紹介したいと思います。来月は、2回韓国に行く機会があるのですが、それとは、別に、もう一件、用件があるのですが、どうなることでしょう。


2003年9月23日

明洞風景、私は、人形ではありません・・・

人形ではありません

 明洞を歩いて目にしました。これって人形じゃないんです。ロボットです。なんてこと言ってもしゃれになりませんが、人間なんですね。店のprのために雇われたようで。男性と女性2人が、店の前に立っていたんです。注目度は、女性の方が高く、男性の方には、まったく最初のうち、気がつかなかったほどです。

 動きは、本当に機械的で、神秘的な感じがしました。時間があったら、どのくらい続けられるか観察をしたかったのですが、そうも行かず、通り過ぎてしまいました。明洞も不景気なようでしたが、それなりに人の流れはありました。一時の日本食ブームはなくなったようです。ただこれも流れだと思います。ブームに乗って数多くオープンしても結局、おいしい店なり、雰囲気のある店は残り、そうでない店はつぶれてしまうんですね。

 明洞でふるさとという居酒屋を見つけました。この店は、できてそう時間がたっていないようでした。やはり次の流れは、日本風の居酒屋なのかと思ったわけです。私にお金があれば、次のビジネスは、居酒屋かな、なんて思ったりしています。アイデアというか、何が売れるのかなというのも韓国での期間がある程度あったので、ある程度わかるような気がしますが、実際に仕事となるとまた別のような気もしますが。

 居酒屋に限って言えば、できれば、日本の資本で、チェーン展開をしていくのがいいと思います。コーヒーのスターバックスのような感じで、居酒屋についてもなんというか、韓国の人にとってはひとつのブランドなので、ブランドに弱い韓国をターゲットにするなら、名前というのも必要になってきます。ホープについてもチェーン展開が始まりましたし・・・


2003年9月22日

ソウル風景・・・ 日本と違うところも・・・

日本と韓国の違い

 日本と韓国は、距離的にも近いし、言葉も同じアルタイ語だし、風景もハングルを除けばそんなに変らない。もちろん、車の動く向きは違いますが。でも、他にも違いはたくさんあるんですね。以前も話したことがあるんですが、個人差は当然あるとしても、韓国人は、どちらかというと絶対的、日本人は相対的・・・ 例えば子供が4人いて誰がかわいいかと尋ねるときに日本人は、みんなかわいいと答えたとしてもそれはそれで、納得するわけで。

 韓国人は、それでも誰が一番好きなのか、かわいいのかと尋ねるわけです。人と人との距離も日本より韓国のほうが近いようで、韓国の人と話をしているときに、下がろうとするとまた、その間合いを詰めてくるということが結構ありました。他にもスキンシップが好きだったり。結構、年をとった夫婦が、街中で手を組んでいたり、早々、チルソックの夏の中でも韓国人の学生たちが手を組んでいるのを日本人の学生が見て、あれっておかしいんじゃない・・・ という場面がありました。日本人にとっては違和感があるところでしょう。

 他にも色々あるのですが、今回というわけでもないのですが、感じたことのひとつに、韓国には、パチンコのような大衆ギャンブルが少ないということです。競馬はあるのですが。それでというわけではないのでしょうが、成人を対象としたゲームセンターがあります。スロットルのようなものが取り揃えてあるんです。他にも各種ゲーム機が取り揃えてあります。韓国語では、ゲームセンターのことを娯楽室と表記します。

 写真一番下の右写真がそれなんですが、外からは中の様子が見えないようになっています。この中で、ゲームを楽しむのですが。日本では、パチンコ屋にしろ明るいですよね。ここまで明るくしなくてもいいのにと思うぐらい。韓国での成人対象のゲームセンターは、まだまだ、暗い存在なのかもしれません。パチンコぐらい韓国に導入してもいいんじゃないかと私、個人は思っているのですが。


2003年9月21日

乙支路入口の広場と周辺

広場に人は集まるのです

 韓国で待ち合わせ場所は、色々ありますが、私の場合、ホテルのロビーが一般的です。有名なホテルなら、みんな知っていますし、タクシーも利用しやすいからですね。私も会社訪問とかそうでなければ、たいていホテルを使うことが多いようです。特に職場に近かった、ロッテホテルは、結構多いです。ただ、あそこのロビーは結構広いので、あらかじめ○○近くと指定しておくのがいいようです。

 ロッテホテルといえば、本日、日本人スタッフだった方が帰国されるとのこと。長い間お疲れ様でした。それから地下鉄等を利用する場合は、乙支路入口の広場を使います。ここは、ワールドカップにあわせて整備されました。広場には、実際ワールドカップの公式販売所もあります。今も店は続いているのですが、ワールドカップとは関係ないものを打っているようですが。

 私もここを待ち合わせ場所に利用します。他の韓国の方もここを待ち合わせ場所として利用するようで、いつも人が居ます。また、色々なパフォーマンスの場としても利用されています。ただ、夜遅くなると、ホームレスの溜まり場になります。いずこも同じといった感じです。ここに限らず、地下道には、ダンボールのホームレスのホームが現れてくるんですね。

 この広場に限らず、公園にも人が集まりますが、たいてい高齢の方のようです。食事の配給があったり、同じ趣味の人が集まったりと・・・ 若い人は若い人で、新村とか、学生街にたむろしています。


2003年9月20日

上から、福岡国際空港、仁川国際空港
市庁前の風景、武橋、田洞の秋祭り

今日からソウルです

 今日からソウルにやってきました。空港で、たまたま会った人が、ロッテホテルに行きたいのだが一人じゃいけないというので、ソウル市庁前で降り、私も同じ方向だったので、ホテルまで案内をしました。ふと、ソウル市庁を見上げるとこれまであったデジタル掲示板がなくなっているんです。その掲示板を見ながら、時間の確認をしたり、ワールドカップまであと何日なんて思っていたのですが・・・ 

 そうは言いながら、ソウルはいつものソウルでした。もう秋になっていました。私は、まだ、夏のかっこうなんで、ちょっと調子悪かったのですが。秋祭りといっても特段何かあるというわけではないのですが。こんな門がたち、万国旗がはためいていたり等、祭りの雰囲気はありますね。今回は見ることができませんでしたが、多分、ステージもできていることでしょう。

 今回もパソコンを持ち歩いているので、肩が痛いのですが、パソコンは必須ですね。いろいろな作業もできますし、ネットにつながっていればもっといいのでしょうが、それでも仕事がはかどります。実は、10月上旬にも韓国へ行くのですが、そのときは、踊り子さんを連れて行かなければなりません。最終決定が出たのは、実は、19日の午後一番なんです。台風等の影響で開催が危ぶまれていたからですね。

 その関係の仕事も職場に戻ってしようなんて思っていたらとてもできませんし。ただ、その分、肩が痛いし・・・ 昔は、重たい辞書を持ち歩いていたのですが、それを小型の辞書にかえ今は電子辞書です。その分軽くなった分、パソコンを持ち歩くようになり、それまで以上に重くなってしまったという感じです。何か少し工夫しないと・・・ 思いながら。


2003年9月19日

上から、アジアマンス会場、チルソックの夏試写
会での主催者側挨拶、ちんぐの会懇親会風景
最後は名残雪でしめました

9月のちんぐの会は、試写会から

 「チルソックの夏」をご存知でしょうか。今回「ちんぐの会」の例会にあわせて、試写会が開催されました。この映画は、下関の女子高生と釜山の男子高校生の淡い恋を描いた映画です。76年、77年と私が、高校卒業し、大学に入る頃ですから、当時の映像は、私のその過去と一致するところあり、懐かしさを感じました。それから、日本人が韓国を嫌っている様子とか、逆に、韓国人が日本人を嫌っている姿が伝わってきました。

 そうなんですね。昔は本当にそうでした。その中で、子供たちは、悩みながらもお互いに大事にしていくんですね。今、こんなに日韓が、近くなろうとは、思いもよらなかったことでしょう。映画の中で流れるイルカの名残雪は、本当に懐かしいというか、新鮮でした。私は、レコードを1枚しか持たないのですが、当時買ったイルカのレコード1枚だけで、その中に名残雪が入っていました。その歌詞を韓国語で歌っていたのですが、とてもよかったと思いました。皆さんもぜひご覧ください。

 映画を終え、例会というか、飲み会が始まりました。この飲み会は、いつもの飲み会とは違い、ちんぐの会のメンバー以外にも映画を鑑賞した人たちも一緒でしたので、結構新鮮でした。韓国好きの人の集まりでも在るし、色々なボランティアをしている人の集まりでもありました。ちんぐの会の方が、私を他の方に紹介してくれるのですが、そのときに、韓国好きの山下さんという風に紹介してくれたんですね。うれしかったですね。

 それと以前、ソウルで一緒だったJRの方とも久しぶりに会うことができて懐かしく思いました。彼は、相変わらず韓国語の実力は高かったですね。あまり使う機会がないといいながら、隣の韓国の方を捕まえて、流暢に韓国語で話をしていました。韓国好きは、こういう集まりはたまりませんね。そう思います。最後は、みんなでイルカの名残雪を歌ってお開き、12時近くになってました。


2003年9月18日

コンベンションセンターでは、見本市が開催され
ていました。

雨の影響が心配です

 先日の台風の影響で、韓国、特に慶尚南道は、大きな被害を受けました。確かに大雨による被害は、天災なのですが、造成地が崩れ、これで、被害を受けたところもあり、人災だということで訴える人もいます。確かに、韓国の場合、その辺の詰めが甘いところがあるというのも事実です。

 昔の話になりますが、橋が落ちたり、百貨店が崩壊したりという事件もありましたし、ガス爆発を始め、最近では、地下鉄火災(放火がもともとの原因ではありますが)等々、人災が続いています。ただ、韓国人の感覚には、このくらい大丈夫だろうという気持ちは、日本人に比べて強いような気がします。

 2年前、水害が出たときもその予報を聞いておきながら、わざわざその地域に足を向けたり、警報が出ている地域で、キャンプをやめずにそこにとどまり、被害にあったりという事件もありました。その反省を生かし、昨年は、そのような事故が減ったとは聞きましたが。マスコミもどちらかというと、警報を出すより、被害が出て、その被害情報を流すほうがはるかに多かったように覚えています。

 結果報告も大事ですが、予防のための報告が、必要じゃないのかなんて思ったほどです。この雨の影響で、10月初旬に予定されていた、慶尚南道での祝祭も開催が危ぶまれています。福岡県からも20人引き連れて、その祝祭へ参加する予定にしています。明日の午後には、結論が出るそうですが、気になるところです。そういえば、明日、江原道から人が来ますね。


2003年9月17日

広々した国際会議場内部写真

仕事は暇になったはずなのに

 先週、大きなイベントも終え、個人的には、暇になったはずなのに、結構、業務に追われています。なかなか、世の中厳しい。この時期ゆっくり休んで、何て思っていたのですが・・・ 今回の台風被害で、韓国では、なくなった方が100名を超えています。なくなられた方のご冥福をお祈りいたします。

 ただ、韓国の場合、まだまだ、なんというか、台風は、天災ではありますが、人災の部分も多いのかなということを感じます。ここ数年、ずいぶん改善されてはいますが。予防という見地で、もっと、情報を流すべきでしょうし。情報を受け取ったら、それを真摯に受け取るべきでしょう。韓国は、まだ、その基本的な部分が、不足しているような気がします。

 災害が起こってから、それから、色々放送するきらいがありますし、放送を事前に聞いても、まあ、大丈夫だからと、キャンプをしてみたりとか、川辺に遊びに行ったりとかあるんです。数年前から、ずいぶん改善されたのですが。これも国民性なのかもしれません。日本に帰国してから、強くそのことを感じています。


2003年9月16日

福岡市内の風景 ここから、釜山へ船が出港す
るのです。

思いがけない訪問者

 今日は、思いがけなく、新潟県からの訪問者。彼は、私と同時期にソウルで勤務したことのある人でした。その前の前任の方とも、一緒に勤務したのですが、その前の方が、課長で、今回訪問された方が課長補佐とのこと。笑ってしまいます。縁というか、因縁というか、こちらでは予想しなくてもなぜか気がつくとそんな関係になっていたりして。

 今、福岡では、アジアマンスが開催されています。福岡市は、広い、庭というか、敷地があり、そこを活用して毎年、このようにアジアマンスを開催しています。もう、すっかり定着しています。そういいつつ、まともに見たことはありませんが・・・ 今回の出張は、このアジアマンスを新潟県で来年から開催するということで、その事前準備で訪問したとのこと。

 同じ時期にソウルにいたということは、ちょっとした、絆というか、因縁というか、それだけで、話が弾みます。遅くまで話が弾み、結局今日は、色々あり、ほとんど寝ていません。でも、何か気力だけは充実しているというか。さあ、明日もがんばろう。福岡は、9月のアジアマンス10月のふくこい祭りと続きます。福岡は、本当にアジアに近く、祭り好きな地域だなと実感しているところです。


2003年9月15日

上から博多駅にて、新幹線乗り場から、吉塚駅下車、駅前で見かけた浴衣姿の女性

やはり、英語は話せた方が

 この写真は、12日の写真です。視察を台風の関係で途中で切り上げ、皆さん、早めに空港と博多駅に送っていきました。私は、博多駅にマレーシアの方を連れ、新幹線のチケットを早めの列車に切り替え、新幹線に乗せました。私は、これまで、韓国の方がいらっしゃっていたので、終始韓国語だけですんでいたのですが、マレーシアの方とは、英語で話をしなければいけません。チケットの切り替え、新幹線に乗り込むまでの30分ほど2人だけでしたので、その間は、英語というわけです。

 言葉が出ないんですね。辛いですね。ある程度意味はわかるのに答えられないというのは、言いたいことがいえないというのがこんなに辛いものか。口を開くと、それは、英語ではなく、韓国語になっているんですから。それでもしばらく話していると少し感が戻ったというか、何とか、話が出、本当に少しではありますが、できてよかったんですが。

 実は、10日から、オーストラリアから、高校生の女の子がうちにホームステイしているんですが、英語が出ないんですね。頭で色々考えて、やっと、挨拶をするとか・・・ もう少し話せたら、その、ホームステイに来ている子供も楽しいでしょうし、私も楽しいことだろうにと思いつつ。これを機会に少し勉強を始めましょうかね。

 写真の女性を見るとまだ、まだ夏・・・ 残暑というか、このところ猛暑でしたからね。なかなか、浴衣姿というか、着物姿を見ることのない私にとっては、新鮮でした。日本の着物を見ることより、韓国のチマチョゴリを見ることが多いような・・・ チマチョゴリは、それはそれで、趣がありますが、久しぶりだからなのかもしれませんが、日本の着物姿も趣がありますね。

 今日は敬老の日、韓国には、敬老の日はないな。そういいつつ、儒教の精神が残っているので、毎日が敬老の日なのかもしれません。ただ、居る場所が多くないというか、そういった施設が少ないのかもしれませんが。大体、公園に集まっています。そこで、将棋や、碁をしたり、歌を歌ったり等・・・ 女性より男性が多いようです。女性は、家庭でも仕事ありますし、居る場所もありますが、男性はそうでもないようで。ふと、ソウルでのことを思い出しました。


2003年9月14日

国際会議場内部

福岡市はコンベンションに力を

 視察先の一つに、国際会議場へ行ってきました。さすがに福岡市は、国際会議の誘致に力を入れるという話をしていましたが、まさにここがそれなんですね。展示場も近くにあるし、港も近いしといった具合に、便利がいいですね。アジアに近い、港・空港からも近い・・・ これこそ福岡市の売りなんですね。

 会議室の案内も電光掲示板を使い、ゆとりのある会議室で、パワーポイントを使って説明なんです。当然同時通訳の設備も整っています。福岡市には、そこそこ観光地もありますし、東京、大阪に比べれば物価も安いし、歓楽街もあるし、人情味もあるし、十分、福岡市へ会議の誘致できますね。

 観光客の誘致、企業誘致等等、いろんな誘致はあるのですが、会議等の誘致というのも面白いと思うし、福岡市には、ピッタリだと思います。会議を誘致すれば、人が集まる、人が集まればそこで宿泊をし、食事をし、観光をし、お金を落とすわけですし。会議ではありませんが、アジアマンスも定着してますし・・・ 福岡市のイメージが定着してきているのかなという気がします。


2003年9月13日

上から、高度人材アカデミー風景、真ん中右から、アジア美術館

デジタルアート賞は韓国が

 今回で3回目を向かえるデジタルアート展が、アジア美術館で、昨日より開催されています。昨日は、例のお客をつれ、この美術館へやってきました。その前に高度人材アカデミーに足を運びました。人材が、やはり大事ですから、この施設の持つ役割は大きいんだろうなとは、頭ではわかるのですが、ピンと来なかったというが、私の実感ではあります。

 アジア美術館で最初に私たちを迎えてくれるのが、この金色のオブジェです。下には、手を触れないようにと注意書きがしてありましたが、それがなかったらみんな触っているのかなと思いつつ・・・・ ソウルでも以前紹介したことがありましたが、ブロンズ像の一部が、みんながさわるので、てかてか光っていましたし。

 いすの形もアジア的ですし、表情もアジア的、金は、中国の人も韓国の人も好きだし、そういう意味でアジア的でしょうね。一番下の写真右は、特設展示場で、デジタルアート展が開催されており、その説明に聞き入る人たちとその会場。特賞は、韓国の方でした。第1回目が、韓国、2回目が、台湾、そして3回目の今回も韓国なんです。

 日本からも応募が多いようですが、実際、大賞を取るのは、韓国なんですね。ただ、残念ながら、私にはそのよしあしがよくわかりません。


2003年9月12日

福岡ドーム前下車、シーホークホテルまでの
風景

今日は5時半起床

 今日はしない視察に同行するため、5時半起き、睡眠は比較的短くて済むのでそう苦ではないが、体調はいまいちでした。それでも満員ではない列車に乗り、すいた道をバスで走るのはそれなりにいいものです。博多駅をバスに乗り、シーホークまで向かったのですが、車も込んでない上、都市高速を使うので、思っていたより、早く、目的地のシーホークホテルに到着しました。

 今日は、台風が来るというので、色々気をもんできたのですが、最終訪問先にはいけませんでしたが、それ以外は、きちんとこなすことができ一安心といったところ。私のほうも好きな写真を撮れたので、それはそれで満足といったところ。写真は、うまくはないし、多々とっているという感じはしますが、写真は奥が深いと思いました。今回も写真を担当して感じました。

 記録写真だから、それなりに撮ればいいわけでしょうが、ここ、というところがあってそれを写真に収めるというのは、それなりに努力が必要で・・・ 写真ばかり撮らずに色々気を使わなければいけないというのは当然なのですが、そうするとどちらつかずになることが多いのですが、結局、どちらつかずになってしまったということも結構多いようです。今回は、結構、写真のほうに集中させていただいたのでうれしかったですね。

 今回というか、今回も痛感したのは、いかに英語力が落ちているかということでした。言いたいことがいえないというのは辛いですね。聞き取りができる分、余計そう思いました。来年のこの事業のときには、もう少し、語学が発揮できるよう努力しなくてはと思ったのでした。さあ、どうなることでしょう。


2003年9月11日

上から、知事英語でプレゼン、ロボスクウェアにて、夜のレセプション

外交官セミナー開催

 今日から、外交官セミナーが開催されます。これは、国際交流課が主催するもので、国内に在住する外交官等を対象にしたセミナーです。福岡県のことを知ってもらおうというのがその開催目的です。このセミナーの売りはなんといっても、知事が直接英語で話をするというところにあると思います。

 全国でもそんなにいないんじゃないでしょうか。自分の口で、福岡のことを語るというのは。セミナー終了後、近くの人に感想を聞いてみたところ、結構好評でした。だから、すぐに福岡県と何かやりたいという話にはならないでしょうが、このセミナーは、種まきであり、いつかは、大きな実を結ぶという風に捉えるべきものです。ちょっとした夢ですね。すぐに結果が出ないからとやめてしまうのではなく、常に、このセミナーだけではなく、情報発信は続けるべきでしょう。

 セミナーは、県庁内会議室を使ったんですが、途中、停電したんですね。きっと、知事は面白くなかったと思います。ちょうどITは、福岡が盛んだからという話をしていたときに、県庁庁舎の都合で、停電になるのですから。でも、さすが知事だと思ったのは、停電なんて関係なく、動揺することもなく、話を続けたことです。単にエアコンで、付加を受け、ヒューズが飛んだとのこと・・・ お粗末。

 ホテルに行く途中で、ロボスクゥエアと福岡タワーによりました。ロボスクゥエアは、結構好評でした。ロボットを囲んで、いろいろ質問もでましたし。2050年には、人間対ロボットのサッカー試合も予定されているとのことで、楽しみなところです。視察終了後は、ホテルでレセプション、私たち下々は、来賓の皆さんが終わってからの食事でした。

 私はメインの責任者ではないのですが、結構疲れています。ひとつは、英語ですね。韓国語や日本語のようにすらすら英語が使えればいいものをと思いつつ・・・ 聞こえるけど答えられない。辛いものです。それ以上に担当のMさんお疲れ様でした。明日終わるわけですが、きっとビールがおいしいことでしょう。

 今回写真半を担当させてもらっています。担当の方からもHPにこのセミナーの様子を掲載しても言いという話を受けているんです。写真はいつも撮っているんですが、やはり、たくさんとりたいという気持ちがあり、メモリーがいっぱいになる前に、パソコンの方に移しているんですね。ただ、容量(カメラ側)がもっとあれば、こんなに頻繁にしなくてもいいと思いつつ。


2003年9月10日

レセプション風景、写真右上から
英語通訳と司会
国際会議でお話いただく皆さん
英語で歓談の知事
きれいな生花
アトラクションの三味線
セミナーで講演の李さんの奥様(左端)、人材派遣会社エントリーの新井さん親子

国際交流員は役得かな

 私のような海外組みは、県庁の中では、国際交流員として登録されています。国際交流員の業務は、海外からの来客があった場合にアテンド等の業務をこなします。今回も企画振興部の業務ではありますが韓国からの研究員を空港に出迎えに始まり、このレセプションでの交流会参加・・・

 知事をはじめ、企業の大物等、結構偉い人が多い中、私も同じ席で話ができるというのは、いい機会というか、場だと思います。ただ、あまり偉い方には、自分から話はできませんが。ただ、韓国関連となると話は別ですね。自分から探しても挨拶をし、話をしています。笑っています。プロ意識ではないけど、自分はこの分野では、この分野では、がんばらなければならないという潜在意識があるからなのかもしれません。

 壇上に上がっている人の一人は、実は酒飲み友達だったりとかするわけで、え、彼ってそんなにすごい人だったんだな・・・ 一人で感心したりしています。笑ってしまいます。ちなみに、本番は今日とのことで、昨晩は、控えめに飲んでましたね。エントリーの社長(写真一番下)は、昔からの知り合いで、その横の娘さんもソウルで一度会った事あるし、本当に積極的です。ビジネスをするには、そんな風にしないとやはりだめなんですよね。

 今回の集まりで、本当に久しぶりに会えた韓国の方がいたのがうれしかったですね。博多会のHPをいつも見ていただいて、HPの評価とか、ソウル博多会のようなものに参加したいので、案内してほしいとか・・・ 悪い気はしませんでした。すぐに、ちんぐの会を紹介しましたが、この会は自分に合っているような気がします。韓国の李さんの奥様もそうですが、母国語+英語は、常識のような感じですね。私ももう少し英語がしゃべれるといいのにと思ったわけですが、その場だけですね。今から、英語するなら中国語なんて思いながら、結局、テキストだけで終わってますから・・・ 


2003年9月9日

ハウステンボスの花火

相変わらず暑いですね

 やはり残暑なんでしょうか。相変わらず暑い日が続きますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。ずぼらな私は、暑中見舞いとか、残暑見舞いだしていませんから、こうしてHP上で、ご挨拶をさせていただきます。このところ、何が原因か、メールも出していません。メールをいただいた皆さん申し訳ありません。

 昨日、お会いした、対外経済研究員の李さんの奥さんから、福岡は、いつもこんなに暑いのかなんて質問を受けたんですが、少なくともここ数年の動向は知らないし・・・ 思わず、特別ですよ何て答えたのですが・・・ 外国の方というか、日本の人もそうなのでしょうが、夫婦の仲がとてもよく(たまたま見ている人だけかもしれませんが)、今回のように会議があるときに夫人同伴というのが結構あります。逆に大使館とか、駐在員の奥さんだと、それが義務的な面もありますが。

 それを義務と捕らえるか、楽しもうと考えるかは、個人の差があるようです。先日お会いした大使より、奥さんのほうが、より、大使的な仕事をしているとか。笑ってしまいます。その時、一緒に話した知事は、きっと苦笑されたことでしょう。そうは言いつつ、夏ももう終わりですね。夏が、最後のあがきをしているように思えるのですが。

 花火も今年は、ハウステンボスでのみということになりました。ちょっと残念な限りです。だんだん仕事に追われ、ハウステンボスでも見れてよかったと思うべきなのでしょうね。だんだん、時間の流れというか、季節の流れを感じる余裕がなく、時間が過ぎているような気がします。今日は、例の国際会議が開催されますが、私は、懇親会だけ参加します。

 これは予断ですが、今は、タイムラグなしに撮れるデジタルカメラがあるそうです。タイムラグがある、カメラばかり使っているから、逆にうまく撮れないかもななんて、こと思ったりしてますが、一度使ってみたいというのも本音ですね。タイムラグがあってもこんな写真取れるんですから・・・ 関係ないかな。


2003年9月8日

ハウステンボス風景。同じ船も光によって見え方違う・・・ 夜景のマジックといったところ

今日から、福岡でセミナーが開催

 今日から、福岡県内でセミナーが開催されます。私は、外人部隊で、韓国人の方の出迎えを行うことにしています。昼過ぎから拘束されるわけですが、知事会議も終わったこともあり、気持ち的には余裕があります。決して仕事が減って暇だという意味ではありません。あくまで、精神的な問題で。

 本当は写真もその関連の写真がいいとは思ったのですが、せっかく、ハウステンボスでたくさん写真を撮ったので、紹介しておかなくてはという強迫観念にとらわれて、こうして、写真の紹介をしています。デジカメということで、結構、枚数多くとります。百枚単位ですね。もちろん、成功する場合もありますが、失敗することも結構あります。

 普通のカメラに比べ、レスポンスが悪いということもその理由のひとつかもしれません。みんな構えて、これから撮りますよなんてことはそんなにありませんから。逆に、カメラのシャッタースピードを考えて写真を撮らなくてはいけないわけで。それなりの技術がいるわけです。不思議なもので、結構なれるものです。

 同じものをとっても光の関係で、色が違ったり、天気の関係もありますし、カメラは奥が深いなと思ったりしています。ただシャッターを押せば写真が撮れるというのではなく(もちろん写るといいう意味では、撮れているのでしょうが)、そのタイミングというか、その人の感性というか、色々写真には出てくるんです。面白いものです。私はプロではありませんから、そこまでこだわりがもてませんが、ほんの一瞬のタイミングのために、多くの時間を使ったりというのも多いというのを聞いたことがあります。私もそこまではないのですが、写真に対する愛着とか、こだわりがあって(あんましないけど)、写真を見れば、この写真は、私の写真だななんてことわかります。

 このこともちょっとしたこだわりですね。著作権を放棄していないので・・・ と一言入れる人って多いけど、その人の気持ちわかります。実際私もその文言使ってますから。


2003年9月7日

事務所内部
特産品も展示してます

済州道観光弘報事務所は

 オープニングのときの挨拶で、大学の先生が、グリーンニズムの話を出しながら、済州道の場合は、ブルーニズムだという話が出たのを思い出しました。緑を求め、現代人は、山を求めて行くように・・・ 済州道は、それが緑ではなく、青なんだというわけです。そこにいると心地よいという、感覚、それは済州道の魅力。まさにそれは、海であり、青空なのだそうです。

 それを意識してか、看板は、青字で書かれていました。済州道の魅力はそこにあるのかもしれません。自然を満喫して、癒しを得るのでしょう。ただ、にわか仕込みで、韓国語を勉強するのもいいけど、もう少し、最近の済州道の歴史とか、福岡県が、韓国とどのようなことを民間交流でやっているのかを知って、話をしなくてはいけないのじゃないかとふと思ってしまいました。

 済州道が、日本に事務所を作ったのは、ここ福岡が最初なんです。来月には、大阪を予定しています。諮問大使も話をしていたのですが、なぜ、最初に福岡なのか・・・ はっきりわからないということ。福岡、九州の人は、韓国は隣の国であり、韓国には、国内旅行感覚で行き来しているというのが大きい理由じゃないかと私個人的には感じています。次の大阪はよくわかります。在日韓国人が多くすんでいること。特に済州道出身者が多いということ・・・

 1948年4月3日、朝鮮戦争勃発前、韓国政府は、韓国だけで、統一選挙を行おうという意見を出したのですが、それに済州道の人は反対しました。韓国政府は、それを受け、済州道民を虐殺し始めました。戦争前でしたので、共産主義者だということで・・・ その惨事を逃れるため、日本の大阪へ多くの人が亡命したんです。やっと、2000年に入って、法律で、その人たちの人権を擁護する動きが出ました。それまでは、この事件のことはタブーだったんですよ。信じられないでしょう。

 それと話は違いますし、以前話したことがあるので詳しくは話しませんが、強制連行され、筑豊地区で炭鉱労働を強いられ、結局、筑豊で亡くなった方結構いるわけです。それ(遺骨)を韓国に帰そうというボランティア活動している人いるんです(飯塚市)。そんな活動している人のことをもっと県庁マンは知るべきだと思うし。知ろうと努力しないと、うわっぺらな話しかできない人は、むしろ韓国のトップレベルの人とは話すべきじゃない。そんなことを実感しました。韓国語を3つ覚えたとか、そんな話じゃないはずなのですが。


2003年9月6日

受付風景
挨拶をする諮問大使
福岡県商工部長挨拶
韓国観光公社支社長挨拶
看板を受け取る新所長

済州道観光事務所がオープン

 昨日もお話したように、昨日は、済州道観光弘報事務所のオープニングがありました。私は、韓国担当していますが、観光は観光セクションがあり私が出席しなくてもよかったわけです。ただ、当課の上司や部の上司も出ることもあり、また、セレモニーとは別に国文祭への依頼事項もあったため、私も同行することになりました。もちろん私もこのダイアリーを通して、済州道観光弘報事務所の紹介できますし、県庁での韓国との取り組みについて、一応は知っておきたいので、参加で着てよかったです。

 福岡県、福岡市や、マスコミ、その他関係団体からの出席があり、セレモニー会場の西鉄グランドホテルは、50人〜60人の人でいっぱいでした。事務所は、ホテルから、歩いて5分ぐらいのところにある朝日ビルの807号室でした。事務所については、明日、もう一度紹介したいと思います。

 福岡市からは、2人だと聞いたのですが、福岡県からは、主管課の国際経済交流課から3人、県を代表して商工部長、国際交流課から2人、その部の次長、国文祭から2人、広報課から1人ですから、実に10名の出席なんです。ちょっと笑ってしまいました。それだけ、福岡県としても済州道事務所を大事にしているということなのですから。

 4日も私が、済州道知事をアテンドして、福岡を案内しましたし・・・ 済州道から諮問大使が見えました。諮問大使は、県で言うと、副知事と部長の間ぐらいの方だそうです。福岡にも13年前、3年間、駐福岡総領事館で、勤務したことがあるということで、福岡のことをよく知っていてくれたのがうれしかったですね。

 レジャースポーツが盛んで、韓国の中でも独特の文化を持つ済州道を一度訪問してみてはいかがでしょう? 事務所そのものは、済州道の職員が勤務するというわけではなく、民間へ委託という形をとるとのことです。


2003年9月5日

ハウステンボスの風景

今日は、済州道観光事務所がオープン

 昨日、会議が終わったわけですが、幹事県の長崎県の方から明日、済州道の知事が、福岡でショッピングをしたいと言っているので、付き合ってほしいと依頼があり、付き合うことになりました。私としても、韓国語で話ができるし、今日は、今日で、済州道の観光事務所が福岡市内にオープンするから知事と話ができるのはいいのかなという思いも合ったので、ちょうどよかったわけです。

 済州道は、人口55万人、福岡県の約10分の1ですかね。自然がいっぱいというか、韓国の中では、観光地として知られています。今は、海外へ出れる時代ですから、そうでもないのですが、一昔までは、新婚旅行といえば、みな、ここ済州道へ来ていました。私も何度か行った事があるのですが、とてもいいところだと思います。

 知事は、とても温厚な人で、一緒にいてもぜんぜん疲れませんでした。ただ、秘書は、そうではないでしょうね。何処の秘書も同じでしょうが、済州道知事秘書も色々気配りをしていました。知事のお土産も秘書が確認をしていましたし。特に外国ですので、時刻のようにはいかないでしょうし。本当にお疲れ様でした。

 ハウステンボス、本当にきれいですね。稚魚放流で、移動したときの写真です。


2003年9月4日

稚魚の放流風景

アトラクション

 知事は、別件があるということで、昨晩、福岡に戻りました。本当に知事は忙しいよなと思います。昨日の会議は、午前中に終わり、昼からは、稚魚放流というイベントがありました。私たちは、それから、事務局レベルでの協議がありましたが。知事のシャツのサイズの確認はあり、連絡をしていたんですが、帽子のサイズは聞かれていなかったので・・・

 ちょっと帽子が小さいですよね。上司いわく、帽子が小さいのではなく知事の頭が大きいから・・・ ものはとりようかなと変なところで感心したりして。稚魚といっても体長10センチの真鯛。1回に3匹まくんですが、そのくらいまいてはたして、何匹残るんだろう。みんな釣られてしまうか、他の魚に食べられてしまうんじゃないかと思いつつ。南蛮漬けにしたらおいしそうだと思ってしまったり。

 知事というのは、絵になるので、本人が望もうが、そうでなくてもこんなアトラクションに顔を出さなくてはならないんですね。もっともこの部分が新聞に載ったわけではありませんが。知事が何を考え、どのように、われわれ下々が支えるかそれが、私たちの役割なんですね。何はともあれ、会議が終わってよかったその一言ですね。


2003年9月3日

会議風景
住民から韓国側への質問
空き時間を利用して協議
記念撮影
事務局の協議

さあ、本番

 本日、9時から知事会議会際。本番です。それぞれ知事が、自分の想いを語ります。言行は、事務局である、私たちが考えるんですね。こんなことを言ったら、福岡県のためになるとか、これをぜひPRしなくてはという想いです。その文書もなかなか決裁がおりません。知事の文章ですから当たり前といえばそれまでですが。色々手が入って、印刷締め切りぎりぎりで戻ってきましたが。

 そんなことの繰り返しです。不思議なもので、慣れてしまいますが。それに、会議が終わったことで、報われるということもありますし。知事が、それぞれ、意見を発表する時間は、一人当たり、7分。もちろん同時通訳つきです。休憩時間を利用して、日本側の知事は知事で集まり、協議をしてます。共同声明を発表しますから、その打ち合わせでしょう。

 長崎県内に在住の市民の皆さんから、韓国側の知事への質問もあります。もちろん事前に質問内容は、提示されているわけですが、知事と親しく話す機会はそう多くはないでしょうから、それはそれで、いい試みだと思います。それを終えて、知事は、記念写真。私たち事務局は、知事たちの提案をまとめ共同発表文を作るわけです。日韓に分かれて、意見を交わします。

 結構この作業大変なんですね。みんな、それぞれの思いがありますから、でも最後は力関係みたいなところがあって、何とか収集するわけです。最後は、やはり、知事の力ですかね。詳細は、新聞をご覧ください。西日本新聞に記載されていますので。


2003年9月2日

上から韓国教員大の学生、インドネシア大使との面談、日韓知事交流会議での出迎え

いよいよ今日から知事交流会議

 今日から、知事交流会議が始まります。私にとっては、結構大きなイベントになります。このイベントが終われば、業務的には、ちょっと落ち着くかなという感もあります。そのイベントではありますが、その前にもいろいろありました。インドネシア大使の知事表敬訪問。知事のいいところは、どんなに忙しくても、時間が取れれば、福岡県を訪問する人のために時間を取ることですね。いつもその辺は感心しています。

 知事交流会議は、ここハウステンボスで開催されました。メイン会場は、ホテルヨーロッパです。まず、日本側の知事が、韓国側知事の出迎えから始まりました。毎年開催していますので、みんな、結構顔見知りで親しくなっているんですね。それが、この会のひとつの目的のようなところもありますが。

 写真は、韓国教員大学の学生と教員の県庁訪問の写真(昨日のもの)、インドネシア大使の表敬訪問、福岡県知事が、韓国の知事を出迎えをしているもの。わきあいあいの雰囲気で始まったのでした。明日からどんな風になるのでしょう。いろんな意味で、期待と、不安と入り混じったそんなオープニングでありました。


2003年9月1日

議会棟前に咲く花

9月が始まりました

 今日から、9月です。なんか、毎月、月初めは同じような書き方ですね。9月は、夏の終わりというからは、韓国教員大学の表敬訪問があります。夜は夜で、懇親会があり感じがします。昼、ているので、私が同行します。日韓の教員を目指す学生の交流は、私個部長が出るようにし人ると思っています。としては、意味があ

 費用対効果の問題で、必要ないという話もありますが、まだ教科書では、日本のことをあまりよく書いていないし、子供たちも以前ふれたことがあると思いますが、学校では、日本人は悪いことをした人だと習ってきたが、私と会って、そうじゃないというのがわかったと話してくれる子供がいたんですね。

 教育で、学校でそんな風に教えられているので子供の中には、日本人は悪いんだというイメージが植えつけられているような気がします。ただ、頭の中だけ、教科書の中だけ、実際に、日本人と会って、話してみるとそうじゃないと気がつくんですね。やはり、自分の経験として、体験することが必要なんです。教員を目指す者同士が交流をし、本音で話す機会があるというのは、貴重なことなんです。

 問題は、やはり、行政主導ではなく、民間主導にすべきでしょう。成果等はかりにくい分野ですが・・・ 追い風は、ワールドカップから日韓の関係がよくなってきている点。それに日本、韓国といった枠組みではなく若者文化の芽生えにより、日韓というか、アジアというか、近くなっていることでしょうか。


   
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