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○○韓国雑感 韓国は楽しい○○
  

 元福岡県ソウル駐在員の山下です(現在、県国際交流課在職)。韓国に住んで見ると、本当にいろいろなことがありました。楽しいこともありました。現在福岡なんですが、一韓国ファンとして皆さんに情報発信をさせていただきます。


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2003年10月31日

ピンデトックの店にて その1

   その2 ピンデトック

その3 奥には石臼

教保ビル裏にあります

店はこんな感じ 

          店内風景

その2

こんな細い路地にあります

いよいよ月末 

 卿締め切りの原稿間に合いませんでした。結構、遅くまで粘ったのですが。明日は、消毒があるということで県庁への入出できません。書類を抱え、フロッピーに作りかけの資料を入れ、職場を後にしました。問題は、一太郎のソフトがないので、ワードに変換しなければならないということです。友人の話だとそう難しくはないということでしたが、やったことがないものですから。どうなることでしょう。

 そういいつつ、残業組みの皆さんと行きつけの店に来ました。ちょっとしたガス抜きなんですね。みんな忙しいから、こんな息抜きがないとやっていけないんですね。私の前に座っている同僚は、夏休み(県庁では、10月まで取れる)を今週とっていたんですが、仕事の関係で、昼から会議に出たり、自宅でも書類を作ったりしていたそうで、仕事をするんなら、休みとらないで職場でしたらどうなのと言われたそうです。笑ってしまいましたが、人事ではないよな感じたところです。

 仕事に追われるのは、あんまし好きではないけど仕事をこなすというか、その仕事が終わったときのホッとした気持ちはいいものです。みんなそれを求めて仕事がんばっているんじゃないかな。もちろん生活の手段であるというのも事実ではありますが。昨日、調印式を結んだのですが、それにあわせて、江原道観光事務所創設1周年記念セレモニーとして、「冬のソナタ」の夕べが、日航ホテルで開催されました。その様子は、後日ご紹介したいと思います。


2003年10月30日

イエローバス乗り場

   カトリック会館

明洞聖堂

 その前のロイヤルホテル

教会前のコンビには彫刻が・・・

紅葉がはじまりました

ソウル市内 その1

その2

        これからは、福岡県庁で行われた調印式の様子

 調印をして(向かって左が県の部長)

調印書の交換

調印式が行われました 

 観光関連のイベントとして、本日、韓国江原道と福岡県が、観光部門の協力協定を結びました。調印の席にも呼んでもらい同席しました。本来は、国際経済観光課の仕事なのですが、県庁の韓国担当をしているということもあったのでしょうが、それいい上に福岡側の人が足りないということもあったのでしょう。そのあと、江陵市の観光セクションの担当と話すことになり、なぜか、私も同席することになりました。

 なぜか、通訳の人は別の場所に行くんですね。きっと一人の方は通訳できるのだろうなんて思っていたのですが、なんていうことはない。韓国語で話が始まったのですが、通訳をする様子がない。それでということで私が通訳をすることになりました。お祭りを江陵市で開催するので、福岡からも参加してほしいというものです。色々それに伴い細かな話をしたのですが・・・

 気が気ではありません。締め切りの仕事があるからですね。調印式が終わったらすぐに職場に戻るつもりにしていましたから。結局、1時間ほど話をし、私の通訳業務は終わりました。ただ心配なのは、早急に○○の書類を送付してほしいということを何度も言われているんですが、私が中に入るようなことになるのではないか・・・ まあ、先のことを心配しても仕方ないか。


2003年10月29日

行きつけの飲み屋

   ロッテのオブジェ

喫茶店の植木

ビールカプリ

行きつけ その1

その2

浦項からの来客 

 慶尚道浦項から来客がありました。彼は、自分の大学の子供引き連れ、福岡で、踊りを披露しようというもの。彼のコンセプトは、西洋と東洋の融合。古いものと現代の融合。異文化の融合というもので、韓国の伝統的な踊りと新しい創作ダンスを一緒に行うというもの。それを来月、学生15人を引き連れ、10日と11日福岡で行います。どんなステージになるかちょっと楽しみです。

 私の方は楽しみなんですが、彼にとってはそうでもないようで、このイベントを開催の会場確保のためわざわざ、来日したわけで。もっと、時間があれば、良かったのでしょうが、結局、博多駅での公演は決まったのですが、他は決まっていません。私が探すことになったのですが。まあ、何とかなるでしょう。心配しても仕方ありませんし。そういった海外からの公演を自由にできる場所ってそんなに多くないんですね。実感しました。

 なんか、いろんな意味で、行政での限界というのを感じています。行政+NPO、そんなつながりが必要な気がします。むしろ、自分が、NPOを造ったらどうだろうかなんてことも思ったりしてもいます。今の行政は、経営感覚を持たなくてはいけませんし、自分が営業マンとしての感覚も必要だといわれていますし、自分もそのように動いているつもりですが、ふたを開けてみるとまだ、縦割りの部分は残っているわけで・・・


2003年10月28日

工事中 その1

その2

 その3

地下街の様子

市内風景(鐘路) その1

その2

その3

木には、虫を集めるためわらが巻かれています

ソウル市内は冬支度 

 ソウル市長の公約で、清溪の復元が行われています。1番上の写真を見ていただくとわかりますが、工事中です。もともと川が流れていたのですが、その上に陸橋を作ったり、道を作ったりしたものを元の川に復元しようというものです。このため交通渋滞などの問題を解決するためのひとつの方法として、黄色いバスを走らせています。この黄色いバスは、一般バスの約1/3に当たる200wなんですね。市内観光にはいいかもしれません。

 少し紅葉が始まっていましたが、それより木々にわらを巻かれているのが印象的です。これって冬支度なんですね。こうしておくとこのわらの部分が暖かいので、そこに虫が、集まってくるわけです。ソウル市の木ってイチョウなんです。それで、市内のあちこちにイチョウが植えられています。ソウル市の職員から名刺をもらったことがあるのですが、イチョウのマークが入っていました。そういえば、東京都もイチョウでしたね。

 なんだかんだといいながら、ソウルも少しずつ冬へ向かっていっています。韓国の冬は、オンドルがあるから快適です。オンドルだけでなく、ベランダが大体ついているので、それで寒さを防いでいます。韓国のきりっとした寒さももうすぐ味わえるんですね。その寒さも楽しみの一つであります。その前に、イチョウの葉が散って、そこにイルミネーションが輝くんですが、もうそんな時期なんですね。


2003年10月27日

ソウル駅改装中 その1

         その2

その3

          その4

駅前 その1

         その2

ソウル駅も変身中 

 ソウル駅も改装されています。昨日お話したように、2004年4月には、高速鉄道が走るからです。釜山と同じようにガラス張りでした。実際に、以前、試乗したことがありますが、とても静かな走りです。まだ値段の設定はされていないということでしたが、大体、飛行機料金の7割ぐらいを想定しているとのことです。値段的なものもありますが、ソウル市内から、金浦空港まで行き、そこから飛行機を利用して、地方へ行くより、高速鉄道を利用した方が、便利がいいようです。

 釜山駅は、市内にあるのですが、金海空港となると金浦のように市内から離れていますからやはり、釜山市民にとっても高速鉄道は便利がいいでしょう。そうなると結構、これまで飛行機を利用していた人が、列車に移行し、航空会社のダメージも大きいことでしょう。また、人の移動だけではなく、物流も変ってくることでしょう。今、JR九州と大韓航空、それに韓国鉄道が連携して、商品が販売されているそうです。

 JRのビートルを使って、釜山まで行き、釜山から韓国鉄道を使い、ソウルへ帰りは、仁川国際空港から福岡というコースです。いいアイデアだと思います。それこそ来年4月になれば、高速鉄道も開通するのですから・・・ ただ、個人的には、ゆっくりしたセマウルに乗り、車窓を楽しむというのも捨てがたいのですが・・・ 結構、高速鉄道は、日本の新幹線のように狭いんですね。


2003年10月26日

釜山駅改装中 その1

その2

 駅前には観光案内所

完成予想図

駅前には派兵反対と その1

その2

工事現場には、慶釜高速鉄道再開を市民と一緒に歓迎しますと・・・ 内部売店

釜山駅も変身中 

 釜山駅が改装されています。2004年4月に開通する高速鉄道に合わせる形で、駅も改装しているわけです。ソウルもそうです(後日紹介します)が、ガラス張りなんですね。仁川国際空港を思い出してしまいます。シースルーで、隠し事がない、隠し事をしないというような意味が込められているかどうかはしりませんが、ちょっとした流行のようです。専門の方に言わせると、結構掃除等が大変なんだそうです。

 駅の雰囲気も変ってしまいますね。ただ、駅前の観光案内所はそのままで、屋根には、鳩がいつもたくさんとまっています。今回もそうでした。韓国の場合、観光客に対する配慮が行き届いているというか、このような観光案内所は、駅前だけではなく、駅の中にもあるんですね。専門の職員を配置し、日本語での対応も可能ですから、福岡と比べるとうんれいの差です。

 韓国には軍隊があり、派兵に対して、反対ムードが広がっています。駅前には、このように反対を訴えるテントが張られ、展示もされています。争って解決できるものではありません。奇麗事かもしれませんが、やはり、戦争は、さけて通るべきでしょう。まさに芳洲塾の教えのとおりでしょう。釜山だけに限ったことではないのでしょうが、景気はあまりよくないようです。たくさんの人が、釜山前のベンチに座っていたのが印象に残りました。


2003年10月25日

釜山ホテルのオブジェ その1

その2

 中区歓迎の花飾り(日本語、中国語)

真っ青な青空

地下鉄釜山駅

地下鉄構内

釜山日報前にて

友人と昼食を 

 釜山にも何人か友人がいるんですが、今日は、釜山日報の友人と昼食をとりました。韓国の場合、割り勘はあまり一般的ではないので、本当は、他にも何人か誘いたいと思っていたのですが、多分、相手方がご馳走してくれるだろうと思っていましたので、あえて、他の友人は誘いませんでした。案の定、ご馳走になってしまいました。本当にご馳走様でした。

 釜山日報と西日本新聞は、職員を相互に派遣をしています。考えてみると釜山日報と西日本新聞は、似たような性格の新聞ですから、そこで交流が生まれるのも当然のことでしょう。単に友人と食事をするという目的だったんですが、先日、釜山市長が1億w(約1000万円)を受け取ったとする収賄事件で拘束された事件について、ちょっと話を聞句ことにしました。

 以前から、うわさはあったそうで、「まさか」という感覚ではなく、恥ずかしいことだが、「やっぱり」といった感覚だそうです。なんだかうなずけるのが残念ではありますが。今日から、副市長が、市長代行をするとのことです。昔に比べればずいぶんそういった贈収賄は減ったのですが、それでもまだ残っているんですね。ただ、減ってきていますから、将来的には、なくなるものと思われます。まあ、韓国好きである私の希望的観測ですが。


2003年10月24日

釜山市内探索

釜山市内の探索 

 釜山市内をゆっくり回る機会はそう多くはありません。といいながら、せっかくだからというので市内を回りました。ジャカルチ市場の祭りも終わっているしと思いながらもその会場へ足を運びました。やはり予想どうり、何もなくて当然ですが、ちょっとがっかり。宿泊施設は、釜山観光ホテル。そのホテルのメインオブジェが、一番上の右の写真なんです。私が一番嫌いなんですね。

 女性2人で、仲良く裸で一緒にいるんです。嫌悪感を覚えます。きれいだからそれでいいと思う人もいるでしょうが、私はきらいです。きらいなら載せなくてもいいのにと思うでしょうが、一応自己主張ということで。別に同性愛者の方を嫌っているわけではありません。いろんな人がいてかまわないと思うわけで、ただ、この彫刻を見て怒っている自分がおかしいなと思っているわけで。

 ズボンというか、Gパンの展示というか、圧巻ですね。韓国の方は、足がすらっとしているし、この下半身のマネキンとあんまし変らないんですね(もちろんみんながみんなそういうわけではありませんが)。足の短い私としてはうらやましい限りです。何か、自分なりの生き方というか、自分流の生き方を模索しないといけないのかなと思いつつ、今日も酒を飲んでます。多分、明日も飲むことでしょう。何のこっちゃ・・・


2003年10月23日

コモドホテルの内部、韓国好き、日本好きの
仲間と記念写真

伝統のホテルコモド 

 釜山での研修のひとつに倭館を訪ねてというのがありました。昔の日本の施設を訪ねるというものです。大学の教授が案内をしてくれるんですが、現在は、ホテルに変っていたり等々、その面影は余りありませんでした。ただ、その施設を回るため、歩いて回るのですが、2時間以上歩いたわけで、年配の人にはちょっときつかったような気がします。私は、普段の運動不足解消にちょうど良かったのですが。

 休憩にとコモドホテルによりました。そこで、福岡の知人に会いました。出会いというのはこんなものでしょう。山下さん今日は、どちらからと冗談で言われました。まあ、結構、韓国に来ているから、そのように思う人がいても自然なのかもしれません。今日は、日本からですとこちらも答えましたが。コモドホテルは、思い出のホテルです。92年だったか、93年だったかはっきり覚えていないんですが、ここで観光展を開催しました。そこの会場にコモドホテルの副支配人が来ていたんですね。

 その時挨拶をしたのがきっかけで、その後、そのホテルに宿泊したんですね。ホテルに寄ったから、その副支配人がいたら挨拶でもなんて思いながら、名前忘れてしまっていたのでそれもできず・・・ もっとももう昔の話ですから、もうやめられているか、もっとえらくなられていることでしょう。このホテルは、韓国の昔ながらの雰囲気を伝えてくれるホテルで、ぬくもりが伝わってくるので、好きですね。そういえば、福岡の聴覚障害者の方と一緒にここで飲んだよなとふと思い出しました。


2003年10月22日

釜山へやってきました

釜山へやってきました 

 私が釜山へ来るということで、友人が2人訪ねてくれました。一人は、浦項1大学の先生。数年前に知り合って、ことあるたびに訪ねてくれるんですね。今回も私が釜山に来るというので、訪ねてくれ遅くまで酒を飲んだのですが、学生を福岡に送るので、そのときに踊りが踊れるところを紹介してほしいというんですね。韓国の場合、このしがらみというか・・・ 彼にとって、「日本=山下」という公式ができていているようで、できるかどうかわからないけれども一応努力をしなければならないんです。

 もう一人は、3年前、慶尚南道で開催された展示会で私たちのブースを担当してくれアルバイトの女性で、おかしなことに、塾に来ている他の3人も知っているんですね。それぞれつながりは違いますが、縁があるという人はこんなもんです。改めてそれを実感したところです。時々私のHPの掲示板に書き込みをしてくれる人だから、あ〜と思う人もいらっしゃるかもしれません。

 釜山は、日本に近いということもあり、多くの日本人がここを訪ねてきます。当然というか、日本の名前をつけた店も登場してくるわけで、カラオケ福岡の看板を見たときに、思わず、韓国の友人と一緒に入りました。ただ、日本語は通用しませんでしたが。お店の人に聞いたところ、福岡の人が結構来るからという話しでした。名前をそのようにつけると逆に福岡の人が足を運ぶので、客が福岡ゆかりの人になるというのもあるのかもしれません。


2003年10月21日

船での観光、自然を満喫

対馬は、自然がいっぱい 

 研修の一環で、対馬の視察がありました。対馬の自然を体験することができました。対馬は、まだ閉鎖的だ。でも、その閉鎖性が好きだと言う人もいましたが、流れとしては、あと20年もすればそれもなくなることでしょうというのが大勢でした。人口4万人、これといった大きな産業がないので、観光産業というか、観光に力を入れ、一番近い韓国から人を呼び、それによって観光収入を上げる。土地を提供し、外資でホテルを作るといったことに取り組んでいるそうです。人が増えるということは、開発につながり、豊な対馬の観光資源がなくなっていくのではないかというのも危惧されているところです。

 今回の研修では、いろんな人が来ていましたが、主に、長崎県の人でしたが、遠くは、東京からの参加もありました。参加者全員のことはわかりませんが、私の班のメンバーは、結構、韓国好きがそろっていたような気がします。韓国の方に関して言えば、少なくとも日本語が話せるのですから、少なからず日本に関心を持っていると実感しました。ただ、日本のメンバーの中には、韓国に一度も行ったことがない、韓国語がまったく話せないという人もいたのがちょっと残念でした。

 やはり、韓国が好きだというのであれば、関心があるというのであれば、少なくとも韓国語を勉強したいと思うはずだと思うんですが・・・ それにディスカッションは、すべて日本語。塾の精神から対等に付き合う。相手のことを思うというのであれば、韓国語で話せるようにする。それがだめなら、共通語を日本語ではなく例えば英語でするぐらいすべきではないかと思ったわけです。

 この塾は、とてもいい企画だと思うのですが、雨森芳洲氏の遺志を継ぐのであれば、日本人を募集するときに韓国語で対応できる人と条件をつけても結構集まると思います。福岡でも結構いますから、全国に呼びかければ、結構集まると思うんですね。韓国に留学した主婦の人、結構います。学生もいます。そんな人が集まってディスカッションをし、それをまとめ情報発信をするのがいいと思います。多くの方に参加してもらうため、1度参加した人は、ディスカッションのときのアドバイザーとして参加し、塾生としては、受け入れないとすべきでしょう。


2003年10月20日

到着、港の風景、外交塾開講式場

場所変れば常識も変る

 港へ到着し、会場まで、タクシーで行こうと思っていました。ところがタクシー乗り場には、タクシーが1台もない。時間もあるし、ちょっと歩けばタクシーあるだろう。自分としても写真をとりたいしと思って、歩き始めました。船がたくさん繋留してあり、さすが港、漁業の町だと感じました。魚もうじゃうじゃいるんですね。肉眼で確認できるのですから。道幅は、結構狭く、コンビにもないんですね。

 少し歩くと観光案内所がありました。そこで聞くと、タクシーを利用するなら、すぐそこにタクシー乗り場があるから、乗るようにという指示なんですね。それで、そこからタクシーに乗って会場へ向かいました。タクシーの運転手さんに聞くと、流しはやらないとのことでした。連絡を受けてそこに向かうようにしているそうです。人口も少ないし、結構、人口のわりに広いから、そのようにしたほうが効率的なんでしょう。これがここの常識なんですね。

 会場は、「空港インホテル」・・・ きっと大きなすごいホテルだろうとちょっと期待していたのですが、小さなホテルでした。まあ、研修ですから当然のことでしょう。ここで初日の研修です。班毎に集まり、そこで、テーマにあわせてディスカッションをします。私たちは、日本人5人、韓国人4人のメンバーで、当日から、いろいろ熱く語り合いました。班長は、したくないと思っていたのですが、結局、班長になってしまいました。


2003年10月19日

港が見えます

水平線が見えます

 海は穏やかでした。遠くに福岡ドーム福岡タワーが見えました。もやがかかっており、はっきり写りませんでしたが、これでもやがなければきっときれいに写っていることでしょう。写真を撮っている者としては、きれいに撮れるのが一番ですから、もやとかそれはそれで自然だと思えばいいのでしょうが、やはり残念だという気はしますね。青い空の下ではみんな輝いて見えますから。

 ビートルや、そのほかの高速船が、駆け抜けていく姿を見るのも久しぶりの経験です。あんなに早いんだと実感したものです。島があんなふうになっているんだと思ったり、こんな小さな無人島もあるのかと変なところで感心したりしました。それから、あまりこれまで、水平線を見たことがなかったので、これには、感激しました。次回はいつ見ることができるでしょうか。

 平日ということもあり、乗船している人は、本当に少なく、ゆったりと座れました。天気が良かったので、外を見ながら、ゆっくり時間が過ぎていくのを感じていました。港が見え出すといよいよ到着です。ちょっと不安と逆に期待もありました。期待は、なんといっても韓国好きな人と会えるということ、それに、日本を愛する韓国人と会えることでした。


2003年10月18日

博多港から対馬へ向けて出発

対馬へ向けて

 第3回新芳州外交塾が開催され、私も参加しました。雨森芳州(あめのもりほうしゅう)氏は、日韓交流の草分け的存在です。朝鮮通信使節団との交渉のため、対馬藩は優れた外交官をかえていましたが、そのうちの一人が、彼に当たります。彼は「誠心」の交わり、双方の信頼関係がなければ善隣外交は成り立たない都市、その国の歴史、文化、民族、風俗すべてを知った上で、自ら朝鮮の人たちと交わり、朝鮮語や中国語を学び、それを周囲にも啓発しました。

 その誠心を引き継ぎ、韓国人、日本人が一緒に研修をするわけです。研修内容は、後日お話します。今回は、船で、対馬に渡りました。船に乗るのは、久しぶりといいたいのですが、実は、先日、釜山へ行った時、ビートルに乗っていますから、10日もたっていませんね。波止場に着いたとき、他のお客さんが、酔い止め薬を飲んでいたので、ゆれるのかと心配していましたが、波風もなく、穏やかでした。

 素朴な疑問だったのですが、船には、どうやって燃料を補給するのだろうかと思っていたのですが、給油用の船がちゃんとあるんですね。これで納得。結構船が海上にあるんですね。ちょっとした驚きでした。ちなみに、対馬は、人口約4万人、ちなみに韓国の済州道が、5万人です。塾の様子は後日紹介しますが、韓国語で塾をセミナーと訳していたのが印象的。


2003年10月17日

樹木公園の風景(韓国慶尚南道)

次の写真は福岡県での写真(10月16日撮影)

行きつけの店のアルバイト、一生懸命働いて
いました。中国から福岡へ留学へ・・・ 

自然はいいもの

 普段、目にしている自然、県庁の回りも緑がいっぱいでいつもそれを見ながら通勤をしているわけですが・・・ ゆっくり見る機会はそう多くはありません。この慶尚南道のこの公園には、動物園、展示室、温室があるということだったのですが、動物園は、閉鎖されており、展示室もそんなにすごいというものではなく、ほんの10分もあれば十分かなという感じのものだったし、温室(写真一番下左)もそんなに大きなものでもないし、特段珍しい植物があるわけでもありません。

 あるのは、広大な土地と樹木だけです。不思議と多くの人がバスでやってきているんですね。子供から、大人まで年齢層はさまざまです。もっとも韓国の人は、野遊会(ヤユウフェ)といって、ハイキングというか、旅行が好きですね。私もソウル在住中は、職場の野遊会に行ってました。その感覚でみんなここに来ているのでしょう。特に何もないのですが、みんな結構楽しんでいます。

 私も自然が好きなので、それなりに楽しませてもらいましたが、その楽しみ方を良く知らないもので、1時間そこそこで、バスに戻り車の中で横になっていました。韓国の方のように自然を楽しむことができるといいのでしょう。緑は、目に優しいし、収穫前の稲の黄色も目にしみました。水の流れもきれいでしたし、その流れる音を聞いたのは、本当に久しぶりで、さわやかな気持ちになりました。普段、自然とは関係なく、仕事をしている者としては、自然とかかわれることは本当にリフレッシュされます。

 昨晩は、結構遅くまで仕事をして、さあ、帰ろうというとき、軽く(飲みに)行こうという話しになり、県庁近くの行きつけの店に行ってきました。その時、写真を載せていいと了解を得たので、早く載せなくてはということでこうして載せています(一番下の写真)。毎日通ったら、中国料理を作ってくれるそうですが、毎日はちょっと・・・


2003年10月16日

ロッテホテルの駐車場整理、ホテル近くで、秋の
味覚を販売します。ホテル近くには、セクシー
人形もありました(ホープ入り口)。

ロッテホテルの駐車場案内

 ロッテ百貨店(釜山)で、買い物をする人を誘導し、私はというと、別の場所で休んでいました。駐車場は、ロッテホテルの駐車場を利用したのですが、そこで、韓国では一般的なのかもしれませんが、オーバーアクションをし、車を誘導する駐車場整理員が、車を誘導していました。誘導する姿は、他でも目にするのですが、交代のシーンは、この日が初めてでした。しゃがんで、腕を大きく動かし、結構重労働ですから一日中はととても無理でしょう。

 どのくらいの周期で交代するかわかりませんが、長くても1時間ぐらいでしょう。普通、一人で誘導します。写真を見てもらうとわかると思いますが、引継ぎのときには、二人並んで、引継ぎの儀式(?)を済ませ、交代をします。その風景がとても面白いというか、ユニークだったもので、思わず写真をとりました。でも、雨が降ろうと、暑かろうが、寒かろうが、こうして、車を誘導するのですから、本当に大変な仕事です。

 動きが軽やかで、いつまで見ても飽きない風景ではありますが、あまり注視するとやりにくいかなと思って、そこそこで他の場所へ移動しました。でも、こうした瞬間というのは、なかなか遭遇することはできないと思います。そういう意味で、いい経験だったと思います。ホテルの近くでは、秋の味覚が屋台で売られていました。こういう風景を見ると秋を実感します。一番下の写真は、私が、釜山に来たときに時々、足を運ぶホープです。この人形に惹かれたわけではありませんが・・・


2003年10月15日

今回の訪韓でとった花々、一番上のコスモス、水練も今年、初めてです。
最後の団の写真は、韓国レストラン前の写真です。池の周りには、鳥が居ます。

通訳はやはり専門職 

 今回の出張で、ふくこい踊りの通訳をしてくれといきなり上司から伝えられました。そのときは、歓迎会で、その段階で、結構飲んでいたのですが・・・ いつものことかな。上司からの話しだし、県職員が通訳なんてそんなにやっていないから、福岡県のPRにもなるしと思い、引き受けました。ただ、その時数年前、知事の通訳を引き受け苦い思いをした経験が一瞬よみがえってきました。まあ、それでも何とかなるだろう(本当に楽天的)といいう発想で通訳をしました。もともと、駐在員の仕事は、できませんありきではなく、できないかも試練と思っても走っていかなくてはいけないものなので・・・

 案の定、言葉が出てこない、「雀」がとっさに出ない・・・ 「鳥」に変えよう。踊りの紹介だから、もたもたしてたらいけない、スパッといかなくちゃ・・・ そんな開き直りというか、それがあったからまあ、それなりに(本当は、もっとうまくできるはずだったのに)と自分に言い聞かせています。もっと勉強しなくちゃねと。会話なら、わからないならわからないで、自分の言葉に代えればいいわけですし、相手に聞くこともできますが、通訳となるとそんな悠長なことを言っている暇ありませんからね。通訳者の皆さんお疲れ様です。

 終わって、長崎の職員から、山下さん良く受けましたね。という言葉・・・ でも、受けろといっても他に受ける人以内でしょうから、そういう意味で、上司の読みは正しかったと思いますね。たまたま、韓国語がある程度できるから、不安なく、街を歩き、人を案内し、通訳をし、一緒に食事をしますが、これが、中国だったらどうでしょう。きっと大変だったと思いますし・・・ でも、こないだは、台湾で同じように人を案内したな・・・ まあ、度胸さえあれば何とかなるということなのでしょうか。17日から、雨森芳洲塾に行ってきます。対馬、韓国にもパソコンをもって行きますが、インターネットが使えるかどうかわかりませんので、そのときは、しばらく間が空きます(間が空いても遡及しますから)。


2003年10月14日

上から、食事の様子、一段目が、韓定食、2段目が、ソコギチョンゴル(牛肉と野菜を煮たもの)、
3段目は、晋州出の宿泊ホテル「東方(トンバン)ホテル」の外観と1階フロントの風景、4段目は
なぜかホテルの近くは、旅館街(日本で言うところの連れ込み+ビジネスホテルといったもの

パソコンはあると便利 

 今回の出張で、パソコンを持っていきました。重いのでどうしようと思っていたのですが、写真をいっぱいと朗と思ったからですね。それと晋州のホテルには、インターネットが使えると聞いていたので、ダイアリーの更新も毎日できるからというのがその理由。写真は、カメラの記録メモリーを大きなものに変えれば、解決できるのですが、ダイアリーを更新するのであれば、やはり、パソコンは必要となるわけで。ちなみに今使っている、デジカメは、128メガの記憶容量のある、フラッシュカードを使っています。今は、その倍どころか、1ギアのものまであるんです。カメラを買ったときには、8メガの記録カードがついていたのですが、信じられません。今となれば、8メガだと何枚撮れる事でしょう。

 ホテルで、パソコンができるというのは本当に便利がいいものです。ダイアリーの更新もできますし、メールの確認もできます。写真の整理もできますから。今回の場合、大体1日で、100枚以上は、撮っています。もちろん手ぶれの写真や、どう見ても失敗といいう写真も含んでですが。このところイベントが多かったので、本当に良く撮りました。カメラもいつも手にしているところは、塗装がはげていますし、カメラの立場になると激務でしょう。ハハハ・・・

 今日もパソコンをいじっているわけで、検索を日本語だけではなく、韓国語でやってみました。日本語で、私の名前を検索しても最初のほうには出てきません。「や、ましった」「ましった」または、「ソウル駐在員」と検索をかけると最初に出てきます。ダイアリーには、「元」とつけているんですが、笑ってしまいます。某有名検索エンジンなのですが。2番目に西銀駐在員Nさんの名前が上がってきたのが変にうれしかったりして・・・

 それではというので、韓国語で同じ検索サイトで、私の名前で探してみるとこれがなんと一番最初に出てくるんです。2001年6月済州道で、セミナーの講師(お恥ずかしい)をしたんですが、その記事が出てくるんですね。ちなみに新聞は、ハンラ日報です。もうあれから2年たつのかと思う反面、パソコンはすごいと思いました。韓国語バージョンで、このHPを公開しようかとも思うのですが・・・ 出す以上は、あんまし誤字脱字がないほうがいいよなと思ったりして。まあ、十分、日本語でも誤字脱字多いから問題ないかもしれませんね。ハハハと笑えないですね。


2003年10月13日

光と人の波が続くのでした

光は郷愁があります 

 川に反射し写った光は、光そのものとあわせてとても心慰められる気がします。韓国では、クリスマス時期の前から、ライトアップをするのですが、その光に心慰められ、もう年の瀬なんだといった季節感を感じていました。それと韓国の照明は、もちろん白色の蛍光灯も増えてきましたが、オレンジ色なんです。そのオレンジ色の光が、私にとっては、とてもやさしく感じたものです。心の中に溶け込んでくるというか、心の隙間を埋めてくれるというか。

 この祭りそのものは、壬申の乱で犠牲になった人を慰霊というのが目的で始まったお祭りです。皮肉なことにそこへ、日本人が観光に来ているんですね。そして、みんな親切。それだけ、日韓が近くなったということでしょう。壬申の乱、その後も色々な戦争がありました。韓国の人にとって、中国という大国の恐怖、日本からの侵略等、試練の歴史でした。それでも韓国という国は、生き続け今日に至っています。

 なんというか、長崎も鐘楼流し盛んですが、この鐘楼流しには、こうしたことを経験した人たちの平和への祈りが込められているんですね。日本人は、戦争という危機感がありません。韓国は徴兵制、軍隊があり、北朝鮮との関係もあり、戦争の意識は薄くなっているにしても戦争は、身近な存在なんです。早く、北朝鮮との関係が修復し、平和な時代が来ますように。光シリーズ(?)は、今回で、一応、終わります。


2003年10月12日

浮橋から会場へ

晋州の皆さんは親切 

 田舎だということもあるのでしょうが、晋州の人はみな外国人の私たちに親切でした。わかりやすいように韓国語も簡単な言葉を使ってみたり、紙に字を書いて説明をしたり等々、値段なんかもこれは、韓国のウオン表示であることを何度も強調したり、私が、話せるとわかると急に話すスピードや内容が変ったりといったことはありましたが。本当に親切でした。数年前、全羅北道の全州に行ったときもそうでしたし、全羅南道の光州もそうでした。

 人情味があっていいなと思ったものです。ただ、台湾の場合、それ以上でした。仕事で、一人バスに乗って目的地へ行こうとしたとき、私も初めての台湾。その時、まったく見ず知らずの人が、私を連れて、バスまで案内し、この人が同じところで降りるから、一緒に降りなさいと案内してくれたんですね。さすがに韓国では、そこまではありません。ただ、そんな人情味を知っているので、ソウルで困っている日本人がいたら、声をかけることにしています。

 ただ、旅行で、地図を見ながら、観光を楽しんでいるような場合は、声をかけません。それも旅行の楽しみですから。本当に困っているような人だけですね、声をかけるのは。あるとき声をかけた人が、第一ガーデンを探していたんですね。私の行きつけの店、それもすぐまん前にあったんです。ちょっとおかしくなったとこともありました。知っているから、わかるんですが、知らない人にとっては、本当にわからないのですから。

 逆に、韓国の人から道を尋ねられることもあります。ソウルに居るのは、みんながみんな地元の人ではないから仕方ないのです。今日からミッションがあり、上司が出張です。私も見送りに行こうかと朝、5時過ぎには起きたのですが、また寝てしまいました。気をつけて行ってきてください。さあ、これから、地域の運動会があります。そろそろ出かけましょう。また、焼けそうです。


2003年10月11日

ホテルから会場へ

会場へは歩いて10分

 鐘楼流しの会場まで歩いて10分ぐらいです。今回は、鐘楼流しをしにきたわけではなく、ふくこい連の会長と一緒に食事(飲みに)をしに来ました。韓国で祭りといえば、なんと言っても豚の丸焼きです。私の勝手な思い込みなのですが、これを食べないにしても見ることによって、秋祭りを実感しているんですね。団長もそれを食べたいといわれるもので、同行しました。

 実際に食べるのは、久しぶりです。前回、時間がたちすぎ、油分が落ちすぎ、肉がぱさぱさしていたんですね。ちょっとその辺心配していたんですが、今回は、脂身も適当にあり、おいしかったですね。今回は、最初に豚と鶏を頼みました。夕食を済ませていたんですが、あっという間になくなりました。それだけおいしかったということでしょう。お店の人もとても親切でした。日本人がそれほどいっていないということもあり、韓国語での対応でしたが、親切に対応してくれました。私も、どちらかというと日本語で対応されるより、韓国語のほうがありがたいし。

 ドムドム酒、焼酎、ビール、豚の丸焼き(韓国語では、トンテジバーベキュー)、鶏の丸焼き、チジミを食べたのですが、次回は、子供たちを連れて行きたいと思いました。いつになることでしょう。最初にこの祭りを見たときは、感動したのですが、2回目になると普通の風景になっているんですね。慣れというのは怖いものだと改めて実感しました。今回訪問した、ふくこい連の踊り子のみんなもきっと感動してくれたことでしょう。若いうちに、やはり、色々刺激を受ける必要があると実感しています。


2003年10月10日

鐘楼流し

鐘楼流し

 昔は、今日、休みだったよなと思いながら仕事しました。もっとも、自宅でも仕事しなければならないこと多いから、あんまし関係ないのですが。この祭りは、「壬申の乱」の慰霊から始まったこの鐘楼流しです。こんなに鮮やかで華麗なのは初めてでした。ここへ行くためには、浮橋をわたります。浮橋は、川に浮いていているので安定が悪いんです。先日のメミ(台風 韓国語でせみを意味します。)の影響で開催がどうなるかわからないという話でしたが、このように開催されました。ちなみに15日までとのことです。浮橋の通行料が、1000w。

 写真一番上は、ふくこい連のメンバーが、テレビから取材を受けている写真です。ここで、ちょうちんを流すんですね。韓国では、浮灯と表記し、ウヅンと発音します。願い事を書いて、それをちょうちんに貼り付け流すわけです。親父というか、他の団体の人から、彼女たちに、彼氏ができるようになんて書いているんじゃないと話しかけられていましたが、彼女たちいわく、当然居て当たり前・・・ そういえば空港に見送りに何人か来ていたよな、何て思いながら。

 やはり、戦争がないことが一番ですね。そう思います。みんなきっとそう思っているんでしょうが、世界中、あちこちで、争いは続いているのは事実。争いで何も解決しないのに。そう思います。しばらく、この鐘楼流し会場の写真を紹介したいと思います。本当に鮮やかでした。ちょうちんを流すのに2000wかかります。でも、2000wで願いがかなうのなら安いものですね。私もしました。


2003年10月9日

海印寺の風景

海印寺を訪問

 名前は、よく知っていたのですが、訪問するのは初めてです。ここで有名なのは、8万枚の経典の版が残っていることなのですが、この建物自体も古く、国宝に指定されています。残念ながら、経典の版の入った書庫は、閉鎖されており、隙間からのぞくしかなかったのですが、一度見たかったので、良かったですね。

 タンチュンでしたっけ、韓国では、色がはげると塗りなおすんです。そのため、鮮やかな色を復元するための職人もいます。日本の場合は、古くなって、色が落ちてもそのまま保存、自然のままというのがどちらかというと主流ですが、韓国と大きく違うところです。どちらがいいとか悪いとか言う問題ではなく。

 ところが、3段目の写真を見てもらうとわかるのですが、色を塗り替えていないんですね。聞いたところ、自然のままにしているのだそうです。色がはげたらはげたままというか、そのままにしているのだそうです。他の建物もこれからそうするのかどうかわかりませんが、新しい動きであることには間違いないようです。

 ただ、私の印象としては、赤、緑、白といった鮮やかなコントラストが、韓国のイメージなので・・・ ちょっと調子が狂うなという感じがします。3段目の右の写真が、隙間から取った経典の版です。それから、ふくこい連は、オフィシャルチームということもあり、ふくこい祭りでは、審査外とのことでした。


2003年10月8日

いよいよ本番、やはり、福岡のふくこいが一番だよと実感

本番です

 開天芸術祭で、韓国4市道(釜山市、慶尚南道、全羅南道、済州道)、それに福岡、佐賀、長崎、山口の4県が、それぞれ、踊りを披露するのです。伝統的踊り、ダンス大会という名目なんですね。引率して連れて行ったものとしては、多くの観客から声援を受けたいというのが、それぞれの担当者の立場でしょう。私もそうでした。

 福岡県のふくこい連の演舞が終え、ホッとしました。その実力というか、魅力というのは、先日から知っていましたが・・・ この団体のすごいのは、みんなをひきつけるというところでしょう。韓国の人は、もともと踊り好きなんですが、こんなに一緒にみんなで踊るなんて思っていませんでした。踊り子さんはきつかったと思います。普通4分で一息入れるんですが、今回は、それもあんましなく、15分続けて踊ったのですから。

 担当者の立場ですが、今回一番人気があったのではないかと思います。みんなお疲れ様でした。私は、今回楽しみにしていたのは、ふくこい連が、どんなに受けるかということと、釜山の太鼓でした。釜山も私のきたいをうらぎりませんでした。本当に良かったですね。この太鼓とふくこいが一緒にできるといいのかなというのが、私の個人的な思いです。

 参加された皆さんお疲れ様でした。ひとつのことに夢中になれるというのはすごい、すばらしいと思いました。私も私なりに満足というか、燃えるものを大事にしなくてはいけないなと実感したところです。紫のコスチュームがふくこい連です。2段目の写真は、全羅南道、その横は、佐賀県です。


2003年10月7日

晋州にやってきました

韓国晋州市にやってきました

 昨日、晋州市に到着しました。12時に福岡のメンバー23人は、空港に到着、他のメンバー(佐賀、長崎、山口)もそれぞれ、到着し結団式です。福岡県のメンバーは、土日、ふくこい祭りでがんばった、ふくこい連のメンバー選抜20名。昨日の疲れは残っていないんでしょうか、みんな元気です。統制が取れており、リーダーが指示するとその指示は的確なんですね。さすが・・・ チームワークですね。

 空港到着し、結団式。みんなやや緊張した感じかな。それぞれの県の代表が挨拶をし(写真一番上右)、いよいよ出発です。私は、日ごろの疲労で、飛行機の中で寝ようかなと思ったのですが、時間も釜山ということもあり短く、眠れませんでした。それならバスの中でと思いつつ、うとうとしたのですが、結局眠れず、晋州に到着です。

 ホテルは、東方ホテル。まあ、いいホテルです。近くにはモーテルが密集していました。道の職員はこの一角で宿泊するとのこと。私も一人なら、そこでいいのにと思いながら、引率ですから、何かあったとき困りますから。歓迎会で、福岡県が、披露しました。私もいきなり通訳を依頼されしたのですが、まあ、急遽だからこんなもんかと思いながらさせていただきました。カメラマンもしながら・・・ カメラマンは、趣味のようなものですが。

 ここで、踊りの披露。本当に短い時間でしたが、盛り上がりました。代表に挨拶に来る人も多く、ぜひ、うちにも来て欲しいという誘いもあったほどです。さすがです。いいものは、何処にいってもいいんですよね。会場に居る人みんなで踊れるんですよ。今日の夜の本番が楽しみです。昨晩は、流灯をしてきました。日本で言う鐘楼流しでしょう。みんなの願いがかなうといいですね。写真一番下が願い事を書いている様子。その横は、今日公演をする近くの建物。鐘楼流しの写真は後日紹介します。


2003年10月6日

今年のふくこい祭りも終わりました

ふくこい祭りも終わりました

 盛り上がりを見せたふくこい祭りも終わりました。私たちは、キョン熙大学のお手伝いをしたのですが、キョン熙大学は、審査員特別賞を受けました。写真、白いTシャツ姿男女6人。担当としてうれしく思いました。彼らの踊りは、ほのぼのとした踊りで、青春の1ページといった感じさせるものでした。

 代表者が、今、大学2年で、来年、軍隊に行かなければ、また参加したい。今度はこうしようああしようという話をしてました。次につながって居るよなと実感しました。ちなみに韓国からのもう1チームは、湖西大学でしたが、ここも審査員特別賞を受賞しました。来年もおいでください。特に来年は、国民文化祭もこの時期ありますから。

 優勝は、あんみつ姫でした。おめでとうございます。みんなをひきつけるし、みんなうまかったパフォーマンスが、うまいという感じもしました。最後は、総踊りになりました。参加者だけではなく、会場に居るみんなで踊るんですが、これが圧巻でした。まるで何かに憑かれたような印象すら受けるんです。すごいとしか言いようがありません。踊り好きな人は好きなんですよね。

 このまま、オールナイトで踊るんじゃないかといった雰囲気でしたが、さすが主催者、ここというときに終わりました。主催者の話によると、もう少し踊りたい、ちょっと物足りなさがあった方が、いいのだそうです。私のほうも今日から踊り手さんを連れて、韓国に行くので、みんなあんまし疲れない方がいいかなと思っていましたから。ちなみに福岡県代表の踊り子さんは写真にある紫色の衣装をまとったふくこい連です。ふくこい祭りを日本(韓国も)に紹介するためのオフィシャルチームなんですね。さあ、皆さん今日からも宜しくお願いします。


2003年10月5日

明洞風景、市庁前、ロッテのリムジンバス乗り場

これから福岡の風景 ふくこい祭り

優勝候補のふくこい連、西鉄ファイヤーズ、北海道の2チーム(あくまで私の主観)

秋ですね

 韓国もこのところ急に寒くなってきたそうです。先日から紹介している秋祭りもそうですが、いろいろな展示というのもあります。明洞でも写真のような展示がされていましたし、秋=芸術となるのでしょう。それと同時に食欲の秋でもあります。韓国でも「天高く馬肥ゆる」ということわざがあります。韓国では、「天高馬肥」と書くんです。

 ソウル市内には、こんなテイクアウトの小さなしゃれた店が増えましたね。おしゃれな店で街中になじんでいます。私は利用したことがありません。ちゃんと座って食べるべきだという、変な意識があって。歩きながら食べるというのは・・・ といいつつしたことはありますが。日本へ帰国するときは、私はたいていリムジンバスを使います。主要ホテル前にあるからです。他にも空港バスがありますので、それを利用するのもいいでしょう。

 ふくこい祭りの関係で、今日も会場に行きます。結構疲れていますね。日差し強かったから。本日審査が行われます。私は、昨日全部ではないのですが、いくつか見た中で、ここはというのを4チーム選びました。チームの中でも同じ動きなのに、とてもうまい人が何人か居るんですね。そういう人が個人賞を取るのでしょうが。はたして、予想は当たるのでしょうか。


2003年10月4日

武橋洞とロッテ百貨店、炭を起こす道具もちゃんと整備されてます

今日と明日は、ふくこい祭り

 皆さんはふくこい祭りをご存知でしょうか。福岡発祥の踊りのイベントなんです。遠くは、北海道から、東京のチームもありました。海外からは、韓国からもありました。1チーム4分程度の時間で、踊りを競うんです。10時に集合し、まず、市内の清掃活動から始めます。さすがです。まず、ごみ広いから。それにみんな何の抵抗もなく参加するのですから。

 私も月曜日から、韓国に来てもらうということもあり、上司と一緒にボランティアとしての参加です。私たちの担当は、ソウル市内にあるキョンヒ大学の担当です。とても暑くて、参ってしまいました。会場は、市役所前をはじめ市内3箇所です。そこを回って、4階のステージをこなします。技術的には、チームによってかなりの違いがありますが、この祭りを楽しもうという気持ちは、何処も同じようです。

 いくつかチームが印象的でしたが、北海道のチームと、地元福岡のチームは、よく鍛えているなと実感しました。ボランティアで参加してくれた留学生の金さんありがとう。それと、さすが上司、わざわざ会場に足を運んでいただき。写真は、明日載せようかな。まだ、韓国の写真紹介したいので、もう少し先にしようかな。でも、月曜からは、韓国に行くから、韓国の写真になるだろうから、明日、乗せることにしましょう。

 笑ってしまったネーミングが、BBCとハルモ二です。BBCは、ビューティフルバーちゃんクラブの略語だそうです。最高齢86歳のおばあさんが、まだ、元気でがんばるぞという趣旨の曲に合わせて踊るんです。確か、あれって葬儀屋のコマーシャルの曲だよな。ハルモ二は、韓国語でおばあさんの意味です。日韓、韓国の合同チームというわけです。


2003年10月3日

ソウルの風景、現代と過去が交差するような

ソウル風景

 上司から、なぜ、そんなに韓国が好きなのかと聞かれたので、すかさず、自分に合うから、自分の居場所があるからと答えました。月曜から韓国へ出張なのですが、誰も韓国に行くんだね・・・なんて話が出ないんですね。そうなんでね。韓国は、少なくともうちの課においては、外国ではない(もちろん外国には間違いないのですが)んです。佐賀県ぐらいの感覚かな。

 距離的にも感覚的にもそんな感じがします。ソウルも急に寒くなったそうです。まだ早いのですが、オンドルが心地いい季節になっていくのでしょう。今日、上海事務所の顧問が、職場にやってきました。直接私と話したわけではないのですが、その方は本当に中国が好きで、知事も一目置く人です。

 もう、交流の時代は終わったビジネスパートナーとして付き合っていかなくてはならない。そのためには、上海事務所に職員が一人ではとてもじゃないが足りないというんですね。それと、言葉ができない人が駐在しても意味がない。やはり言葉が大事だ。それに人脈・・・ 福岡県の今の駐在員は、みな2回目なんですね。そういう意味では、福岡県はクリアしているのかな何て思っていますが。

 それでも新しい人を育てる意味で、海外での研修が必要ではないかと思っています。日本で研修をするよりははるかに安い経費でできますから。午前中は、研修をし、午後は、事務所で仕事をすればいいんじゃないかなと個人的には考えています。職員提案しましょうかね。


2003年10月2日

ロッテホテルと昔ながらの果物屋

ロッテは落ち着きます

 いつも行きつけていることもあるのでしょうが、ロッテホテルはそれなりに落ち着きますね。ウインザバーは、やや、私のような庶民には高めなのですが、気がついたら足が向いているんですね。もちろんこれだけ雰囲気があって、生演奏があるのですから、高いなんて考えること自体おかしいのでしょうが。

 ここで充電をし、また仕事に向かいます。明日もがんばろうと・・・ 今日も私の前に座る同僚の方と話をしたのですが、本当に月日のたつのは早いものだと・・・ 一日が早いなとか、1週間が短いななんてことを話していたのですが、ちかごろは、1ヶ月たつのが早いと思うようになりました。このまま、定年なのでしょうか。

 私と同じようなこと感じているんですね。ちょっと安心したのと、寂しく思いました。このまま仕事で退職まで仕事を一生懸命して、それで何なので終わるのはどうもという気持ちもあります。仕事だけではなく、生活すべて含めてそうですね。昨日から、アルバイトの女性が私たちの職場に勤務しています。とてもまじめな方で、本当に良く働く人だと感心させられました。


2003年10月1日

オープンスタイルの焼肉屋

10月が始まりました

 今日から、10月です。現在、福岡に居ますが、せっかく韓国の写真を撮ったからとこうして、紹介をしてます。10月4日と5日に「ふくこい祭り」に韓国仁川市の大学生が、祭り参加するため来福することになっているので、そのお手伝いで参加し、その次の日から、「ふくこい祭り」のメンバー20人を引率して、韓国慶尚南道へ行くことにしてますので、その前ぐらいまで、今回の写真を紹介し、その後は、出張後の韓国の写真を紹介することになるのかなと思っています。

 この焼肉やは、正確に言うと弘大学の近くになるのですが、俗にもう新村という若者の街の一角にあります。若者の街にあるということはそれだけ安いということなんですが、集まってくるのは、そんなに若いという人でもありません。ついてすぐには、お店のアジュマたちが、白菜を料理していました。みんなで、やっている姿は、ちょっと圧巻です。

 肉そのものは、やわらかくておいしいく、その上安いのですから不満がありません。もちろん炭火焼ですし、テーブルがシンプルですし、素朴なので個人的には気に入っています。ただ料理としては、タレつき肉とそのままの肉の2種類しかありません。値段は同じでした。窓際に座ったので、外を見ながら、食べました。真っ黒になった換気扇が、歴史を感じさせます。


   
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